得のあるものをこれに配合してバード・ストーン曲馬団なるものを組織し、各地で興行をして大|喝采《かっさい》を博しており、近く東洋方面にも興行に出かけるらしい噂を承わっております。これは別にコンドルから直接聞いた訳ではありませぬので、特にコンドルが小生にだけ隠しておる計画ではないかと考えられるのでありますが、しかし、いずれにしても小生はこの噂の実現の真実性を信じて疑わないのであります。

 この小生の死後の敵コンドル事、ウルスター・ゴンクールは前にも申述べました通り、風采の堂々たる好紳士で、表面では口癖のように正義人道を高潮しておりますが、実はアリゾナ生れの兇悍《きょうかん》冷血なる無頼漢で、その強烈なる意志と胆力とによって、不断に部下を畏伏させ、戦慄させておるものであります。彼は酒を飲まず、煙草を用いず、語学は元来不得手の方で、仏、伊の二箇国語を心得ておりますが、日、支、朝鮮、印度方面の東洋語は全然通じませぬ。近頃日本語の研究を初めておるとの事ですが、まだ日常の挨拶程度だそうで、平生語学の達者なものを秘書にして用を弁じておりますので日本文字なぞも無論読めません。……にも拘わらず彼は極度の好色漢でありまして、この方面に独特の怪手腕を持っており、言語の通じないままに各人種の情婦を持っておるのみならず、如何なる良家の夫人、令嬢でも、一度狙ったら最後、必ず自家薬籠中のものとして終《しま》う手腕に至っては団員の斉《ひと》しく舌を巻いておるところであります。
 その他の特徴としては射撃の名手であると同時に、拳闘の重体量選手となったことがあります。殊にその精力の絶倫さは想像を超越したものがありますので、一日平均四時間の睡眠を摂《と》るのみ。二昼夜の間に百余|哩《マイル》を徒走した事があると聞いております。その部下は大抵|露西亜《ロシア》人、猶太《ユダヤ》人、支那人、印度《インド》人、伊太利《イタリー》人、その他、ケンタッキー、アルカンサス等の南部|亜米利加《アメリカ》人で日本人は極く少数しか居りません。いずれも、欧米各地で持てあまされた、警察なぞを物とも思わぬ無鉄砲者の中から、世間を欺くに足る相当の技術を持った者という難かしい条件で、金に飽かして選《よ》り集めたもので、彼は巧みにこれを操縦して事業を遂行しております。殊に団体内の制裁には、前にも申します通り、その違反者に同情なき異国人を使って容赦なく実行させるようにしておりますから、団結の鞏固《きょうこ》な事は非常であります。その仕事の如何に敏活なものがありますかは、小生がM男爵の手に暗号を渡して後《のち》、一夜も経たない中《うち》に小生の死刑を宣告し、一週間も経たないうちに応急的な暗号の鍵を送って、妻ノブ子の死刑を宣告して来たのを御覧になってもお察し出来る事と思います。
 最後に今|一言《いちごん》させて頂きます。小生は小生の妻子に対する貴下の御庇護に関する私的御費用の一端として、藤波弁護士の手に保管中の二万円也を貴下に捧呈させて頂きたいのであります。但し、清廉なる貴下は、或《あるい》はこの金を不浄の金としてお受取りにならないかも知れませぬが、しかし貴下よ。由来国際間の事は、人道と法律とを超越したものであります。小生が人類の敵たる秘密結社に反逆を企て、その秘密を発《あば》く事が、国家的立場より見て許されるものでありますならば、小生がこの金をJ・I・Cから奪ったとしましても決して罪悪ではありますまい。況《いわ》んやこの金は日本人の財産を奪ったものではありません。日本を不利の地位に陥れむとするウオル街の全権代表者より個人的に適法の手続《てつづき》を以て小生の手に渡り、合法的に小生の所有となったものでありますから、仮令《たとえ》小生が相手の望み通りの仕事を遂行しなくとも、先方から返還を要求すべき性質のものではありません。況《いわ》んやこの金の代償として要求されている仕事が不正であるに於ては尚更《なおさら》の事であります。小生の妻にはこのような道理を説明してもわかるまいと思いましたから他の意味の金と云って取らせておきましたが、貴下には正直に所信を告白致します。願わくば国家のため、又は小生の妻子のため、枉《ま》げて御受領賜わりまするよう伏願致します。
 狭山氏よ。貴下にお願い申上げたい事、又はお知らせ申上げたいことはこれで終りました。
 小生はかようにして「非国民」もしくは「無頼漢」なる汚名の下に唯一人淋しく葬られなければならぬ運命に立ち至りました。これは小生が自ら求めましたところで、天地の間、どこの何人《なんぴと》を怨みようもありませぬ。
 でありますからして小生は仮令《たとえ》貴下がこの遺書を一笑に附して小生の希望をお容《い》れにならず、あの金は没収、もしくは寄附等となして、小生の妻子の保護は結局
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