したが、その概要を今までの調査の内容と綜合してみると結局こんな事になるのであった。
岩形圭吾氏は現在|印度《インド》貿易商という触れ込みで、こうした東京一流のホテルに泊っている人物で、又、実際に金持ちらしく見えていたのであるが、その財産というのは、米国の加州辺で稼ぎ溜めたものらしい。これはその服装の好みと、日に焼けた色合いが同地方から来る日本人に共通しているところから、ボーイ|頭《がしら》の折井という男が睨んでいたものだという。そうしてその金は山下町の東洋銀行という銀行に十四万円ばかり当座預金にしてあったのを一昨十二日の午後に殆んど五分の四以上を引き出してしまったので、その銀行の支配人は弱っているだろうという噂《うわさ》である。その事情はやはりこのホテルの会計方の一人で宇田川という男が東洋銀行員の一人と懇意なために、ボーイ仲間の二三人に洩れたものらしい。
それから岩形氏がこのホテルへ来たのは、ちょうど東洋銀行へ金を預け入れた日と同じ日らしかったが、印度貿易商と名乗りながらこれという仕事もないらしく、荷物でも皆無といっていい新しいトランク一つと、やはり新しいスートケース一個で、訪問客も、手紙も来ず、電話一つ掛って来ない。おまけにいつも外出勝ちで、朝飯のほかは昼も晩もホテルで喰う事は稀であった。のみならず帰って来るのはいつも夜の十時過ぎで、しかもベロベロに酔っている事が多かった。しかしボーイやホテルに対する仕打ちは慣れたもので、金遣いも綺麗だったから誰も怪しむ者はなく、蔭では皆十四番の黒さんと云いながら、表面では普通よりもすこし丁寧な扱いをしていた。ただ一度帳場の誰かが、
「十四番の黒さんは毎晩几帳面に帰って来るから可笑《おか》しいじゃねえか」
と云い出した事がある。すると又誰かが、
「全くなあ。それに手紙が一本も来ねえお客も珍らしいぜ」
と云い足した。けれどもその時にボーイ頭の折井がちょうど来合わせて、
「野暮な事を云うなえ。この節じゃ寝る処と仕事をする処とを別にするのが流行《はや》りなんだ。それとおんなじに気保養をする処も別にするんだ。毛唐等あみんなそうしてるんだぜ……みんな一緒にしちゃ息が抜けないからな。奴さんそこで一杯飲んで来るのよ。手紙なんざ事務所の方に行ってるに極《き》まってらあ。何も不思議はねえさ」
と云い消したので、それっきりになっている。岩形
前へ
次へ
全236ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング