のである。ただその半ば開いた唇の辺が、時々|微《かすか》に震えているのが全く死に切れないでいる証拠であろう。
女はそうした相手の姿を冷やかに見下してかすかな笑みを浮かめたようである。大方、ゴンクール氏が、自分の望み通りになったのを喜んだものであろう。いくらか勝ち誇った気持を見せて笑った。
「……ゴンクール様……貴方は最早《もう》そんなに、おなりになりましたか……。お弱いお方ですこと……ホホホホ……。
……けれども妾《わたし》は嬉しゅうございます。これからが妾の世界でございますから。私は嬢次様のお頼み通りに貴方を罰する事が出来るのですから。落ち着いてこの号外を読む事が出来るのですから……。
……ですけどもゴンクール様。わたくしはその前に貴方に申上げておかねばならぬ事があります。それは……この号外を聞いている人が貴方お一人でないという事です。この室《へや》の外で、この号外の読み声を聞いておいでになる方がお二人あるという事です。そのお二人は志村のぶ子さんと呉井嬢次様でございます。お二人は御自分の思い通りの仇討ちが実現されましたこの号外の中の出来事が、貴方のお耳にすっかり這入ってしまうのを見届けてから、わたくしと一緒に自殺なさる手筈になっているのでございます。国賊の妻……売国奴の子としての一生を終って、立派な日本民族としての、死後の魂を復活しようと思って、待ちかねておいでになるのでございます……そうして妾も及ばずながら、淫奔者《いたずらもの》の名を洗い淨めまして、日本人らしい清らかな、魂ばかりの愛の世界に蘇りたいと、あこがれ願っているのでございます。
……わたくし共のこの願いを、お許しにならない方は一人もおいでになりますまい。
……狭山さまも、わたくしどものこうした心をお察しになったものか、まだお帰りにならぬようでございます。九時までにはまだゆっくり時間がございますね。
……まだお眼にかかりませぬが、お父様の志村浩太郎様も、あの世から、わたくしの声をお聞きになっているのでございましょう……」
女がこう云い切った時、室《へや》の中は全く墓場の光景と化し去っていた。ゴンクール氏の眼は空しく女の影を反映し、耳は徒《いたずら》に女の声を反響するばかり……顔面に何等の反応もあらわさない。それと相対《あいむか》って死人の怨恨を述べる女の影。音もなく廻転する時計。ひらひらと
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