…というような疑問と驚愕とを一時に頭の中に閃めかせつつも、死に物狂いに虚空を掴んだのであった。
しかし、その騒動が事なく済んだ事がわかると、私はぐったりと喪神状態に陥りながらも、その一瞬間に私のそうした推理に幾多の矛盾がある事に気付いたのであった。……親のために泣くような純な心を持った少年が、こんな残忍冷血な計画を思い付く筈はない……「正義」というものに対してあれ程敏感な人間が、これ程の卑怯無道な手段を択《えら》む筈はない……というような色々な反証を思い浮めると同時に、ただ、何かなしに欺された、飜弄された……という極めて低級な憤怒に駆られたのであったが、その憤怒も亦《また》、少年が書き残した「御心配かけました」の一句でパンクさせられてしまうと、とどの結局《つまり》、私は何が何やらわからない五里霧中の空間に投げ出されてしまったのであった。そうして何が何やらわからないままここまで来てしまったのであった。
私はこれ程|非道《ひど》い手違いをして、これ程痛烈な心配をして、これ程無茶な眼に合わされて、これ程にベラボーな大きな恥をかかされた事は今まで嘗て一度もなかった。そうしてもし本当に私を、これ程の眼に合わせ得る者があるとすれば、今のところあの少年嬢次よりほかにない筈である。これだけはどっちから見ても疑いない事実である。
……宜《よ》し……俺は嬢次少年を見事に取って押えてくれよう。そうして事実、俺を愚弄したものであるかどうかを白状さしてくれよう。
やっとそれだけの決心をすると、やがて眼の前のスープの皿が眼に付いた。これは私が無我夢中の中《うち》に註文したものらしいが、果してその通りかどうかを考える前に……私は何もかもなく冷たくなったスープ皿を引き寄せて音を立てて貪《むさぼ》り吸うた。それと一緒に俄《にわ》かに空腹を感じて来たので、そこにあった黒|麺麭《パン》を左手に掴み、右手で肉叉《フォーク》を使ってハムエッグスを掬《すく》いながら、野獣のように噛じり、頬張り、且つ呑み込んだ。そうして最後に角砂糖をガリガリと噛み砕きながら、冷え切った珈琲《コーヒー》をガブガブと呑み干してしまった。するとそれは普通《ただ》の珈琲でなくてウイスキーを割ったものであることが、飲んだ後から解ったので、酒に弱い私は慌てて水瓶を持って来させて、コップで二三杯立て続けに飲んでアルコール分を弱めよう
前へ
次へ
全236ページ中147ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング