行きましたのよ。ですからもうあたしは刺さないのよ」
 とまじめになって言いました。
 お母さんはこれをおききになって大そうお笑いになりました。チエ子さんは虻とお話したことをいつまでも本当にしておりました。
 それからいく日も経《た》ってから、チエ子さんがお座敷でうたたねをしていた間にお母さまはちょっとお買物に行かれました。
 その留守の事でした。
 お台所の方から一人の泥棒が入って来まして、チエ子さんが寝ているのを見つけますと、つかつかと近寄ってゆすぶり起しました。
 チエ子さんはビックリして眼をさましますと、眼の前に気味の悪い顔をした大きな男がニヤニヤ笑って立っております。
 チエ子さんは眼をこすりながら、
「おじさんだあれ」
 と言いました。
 泥棒はやっぱりニヤニヤ笑いながら、
「可愛いお嬢さんだね。いい子だからお金はどこに仕舞ってあるか教えておくれ」
 と言いました。チエ子さんは眼をパチパチさせて泣き出しそうな顔をしながら、
「あたし知らない。おじさんはどこの人?」
 と尋ねました。
 泥棒はこわい顔になってふところからピカピカ光る庖丁を出して見せながら、
「泣いたらきかないぞ
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