虻のおれい
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)瓶《ビン》

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)追っかけてゆきました[#「追っかけてゆきました」は底本では「追っかけてゆました」]
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 チエ子さんは今年六つになる可愛いお嬢さんでした。
 ある日裏のお庭で一人でおとなしく遊んでいますと、
「ブルブルブルブル」
 と変な歌のような声がきこえました。
 何だろうとそこいらを見まわしますと、そこの白壁によせかけてあったサイダーの瓶《ビン》に一匹の虻《あぶ》が落ち込んで、ブルンブルンと狂いまわりながら、
「ドウゾ助けて下さい。ドウゾ助けて下さい」
 と言っています。
 チエ子さんはすぐに走って行ってその瓶を取り上げて、口のところからのぞきながら、
「虻さん虻さん、どうしたの」
 と言いました。
 虻は狂いまわってビンのガラスのアッチコッチへぶつかりながら、
「どうしてか、落ち込みましたところが、出て行かれなくなりました。助けて下さい、助けて下さい」
 と泣いて狂いまわります。
 チエ子さんは笑い出しました。
「虻さん、お前はバカだねえ。上の方に穴があるじゃないか。そう、あたしの声が聞こえるでしょう。その方へ来れば逃げられるよ。横の方へ行ってもダメだよ。ガラスがあるから」
 と言いましたが、虻はもう夢中になって、
「どこですか、どこですか」
 と狂いまわるばかりです。
 チエ子さんは虻が可哀そうになりました。どうかして助けてやりたいと思って、そこいらに落ちていた棒切れを拾って上から突込んで上の方へ追いやろうとしましたが、虻はどうしても上の方へ来ません。うっかりすると棒にさわって殺されそうになります。
 チエ子さんは困ってしまいました。どうして助けてやろうかといろいろ考えました。
 上から息を吹きこんだり、瓶をさかさまにして打ちふったりしましたが、虻はなかなか口の方へ来ません。やっぱり横の方へ横の方へと飛んでは打《ぶつ》かり、打かっては飛んで、死ぬ程苦しんでいます。
 チエ子さんは又考えました。
 どうかして助けたいと一所懸命に考えましたが、とうとう一つうまいことを考え出しまして、瓶を手に持ったままお台所の方へ走って行きました。
 チエ子さんは台所に行って、サイダーを飲むときの麦わらとコップを一つお母さまから貸し
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