ていただきました。
そのコップに水を入れて麦わらで吸い取って、虻がジッとしているときにすこしずつ瓶の中に吹き込んでやりますと、虻は水がこわいので段々上の方へやって来ました。
チエ子さんは喜んでもう一いき水を吹いてみますと、どうしたものか虻は又あわて出してブルブルと飛ぶ拍子に水の中へ落ち込んでしまいました。
チエ子さんはあわてて瓶をさかさまにしますと、水と一諸に虻も流れ出て、ビショビショに濡《ぬ》れた羽根を引きずりながら苦しそうに地べたの上をはい出しましたが、やがて水のないところへ来て羽根をブルブルとふるわしたと思うと、
「ありがとう御座います。チエ子さん。このおれいはいつかきっといたします」
と言ううちにブーンと飛んで行きました。
「お母さん、お母さん。チエ子は虻を助けました。サイダーの瓶の中に落ちていたのを水を入れて外に出してやりました」
とチエ子さんは大喜びをしながらお母さんにお話しました。
「そう。チエ子さんはお利口ね。けれども虻は刺しますから、これからいじらないようになさい」
と言われました。
「いいえ。お母さん。あの虻は、チエ子にありがとうってお礼を言って逃げて行きましたのよ。ですからもうあたしは刺さないのよ」
とまじめになって言いました。
お母さんはこれをおききになって大そうお笑いになりました。チエ子さんは虻とお話したことをいつまでも本当にしておりました。
それからいく日も経《た》ってから、チエ子さんがお座敷でうたたねをしていた間にお母さまはちょっとお買物に行かれました。
その留守の事でした。
お台所の方から一人の泥棒が入って来まして、チエ子さんが寝ているのを見つけますと、つかつかと近寄ってゆすぶり起しました。
チエ子さんはビックリして眼をさましますと、眼の前に気味の悪い顔をした大きな男がニヤニヤ笑って立っております。
チエ子さんは眼をこすりながら、
「おじさんだあれ」
と言いました。
泥棒はやっぱりニヤニヤ笑いながら、
「可愛いお嬢さんだね。いい子だからお金はどこに仕舞ってあるか教えておくれ」
と言いました。チエ子さんは眼をパチパチさせて泣き出しそうな顔をしながら、
「あたし知らない。おじさんはどこの人?」
と尋ねました。
泥棒はこわい顔になってふところからピカピカ光る庖丁を出して見せながら、
「泣いたらきかないぞ
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