スまんま向うの棚の片隅に置いといたんです。それを見つけたお客様のお顔色次第で千円ぐらいは吹っかけてもアンマリ罰は当るめえ……と思っていた訳ですが……普通の聖書にしてもソレ位のねうちはあるんですからね。
ところがこの三月ばかり前のことです。驚きましたよ。いつの間にシテヤラレたものですか、その聖書の中味がスッポ抜かれちゃって、箱《ケース》だけがあそこの棚の隅に残っているのを発見しちゃったんです。
あそこは店の中でも一番暗い処で、私《あっし》が珍本と思った本だけをソーッと固めて置いとく処ですからね。あそこに来てジイッと突立っておいでになる方はイツモ大抵きまっているんですからね。持ってお出でになった方もアラカタ見当が……。
オヤッ……先生のお顔色はドウなすったんです。御気分でもお悪いんですか……ヘエ。ヘエッ……これは三百円のお金……今月のお月給の全部……私《あっし》に下さるんで……ヘエッ……あの聖書のお手附け……千円の内金と仰言るんで……これはどうも恐れ入りましたナ。あの本は先生がお持ちになったんで……ヘエ。それはドウモ何ともハヤ……ヘエヘエ……何と仰言る……。
ヘエエ……今年の春から
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