M仰して、女を殺したり、金を捲上げたりして来た恐ろしい悪事の数々を各章に分けてサモサモ勿体《もったい》らしく書立ててあるのです。人間は神様と良心を蹴飛ばしちまえばドンナ幸福でも得られる。自分の師と仰ぐものはイエス・クリストじゃない、悪魔に魂を売った独逸の魔法使いファウストだってんで、ありとあらゆる科学的な悪事のやり方が、自分の体験と一緒に、それ相当の悪魔式のお説教を添えて書いてあります。
    (四十七行削除)
 それから一番おしまいの詩篇のところへ来ると、極端な恋歌ばっかりですね。それもマトモな恋の歌なんか一つもないので、邪道の恋、外道の恋みたいなものを讃美した歌ばっかりなんで呆れ返ったワイ本なんですがね……ヘエ……。
 ナ……何ですか……その本がどこに在るかって仰言るんですか……ヘヘヘ。それが又面白いんです。
 今も申します通り、その聖書は、ちょっと見たところ、古い木版みたいな字の恰好ですからね。蔵《しま》っておいたって仕様がないし、そうかといってウッカリ気心の知れないところに持って行ってお勧めする訳にも行きませんからね。困っちゃって、ボクスか何かの古い皮革《かわ》のケースに入れ
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