る程。コンナ時候のいい時は大してお忙がしく御座んせんで……ヘヘ。恐れ入りやす。開業医だったら大損で……まったく大学って処は有り難い処で御座いますなあ。
 実は私《あっし》もコレで東京生れなんで。竜閑《りゅうかん》橋ってえ処の猫の額《ひたい》みたいなケチな横町で生れたもんでゲスが、ヘヘヘ。これでも若い時分は弁護士になろうてんで、神田の東洋法律学校へ通いまして六法全書なんかをヒネクリまわしていたもんですが、生れ付きのナマクラでね。小説を読んでゴロゴロしたり、女の尻《けつ》ばかり追いまわしたりして、さっぱりダラシが御座んせん。両親が亡くなりますと一気に、親類には見離される。苦学する程の骨ッ節《ぷし》もなし。法界節《ほうかいぶし》の文句通りに仕方がないからネエエ――てんで、月琴《げっきん》を担《かつ》いで上海《シャンハイ》にでも渡って一旗上げようかテナ事で、御存じの美土代町の銀行の石段にアセチレンを付けて、道楽半分に買集めていた探偵小説の本だの教科書の貰い集めだのを並べたのが病み付きで、とうとう古本屋《ほんもの》になっちまいましてね。ヘヘヘ。その中《うち》に嬶《かかあ》が出来たり餓鬼《がき》が
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