ビルディング
夢野久作

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)室《へや》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)壁|一重《ひとえ》
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 巨大な四角いビルディングである。
 窓という窓が残らずピッタリと閉め切ってあって、室《へや》という室が全然、暗黒を封じている。
 その黒い、巨大な、四角い暗黒の一角に、黄色い、細い弦月が引っかかって、ジリ、ジリ、と沈みかかっている時刻である。
 私はその暗黒の中心に在る宿直室のベッドの上に長くなって、隣室と境目の壁に頭を向けたまま、タッタ一人でスヤスヤと眠りかけている。
 私は疲れている。考える力もないくらい睡《ね》むたがっている。
 私の意識はグングンと零《ゼロ》の方向に近づきつつある。無限の時空の中に無窮の抛物線を描いて落下しつつある。
 その時に壁|一重《ひとえ》向うの室からスヤスヤという寝息が聞こえて来た。私の寝息にピッタリと調子を合せた、私ソックリの寝息の音が……静かに……しずかに……。
 ……壁一重向うの室にモウ一人の私が寝ているのだ。私の頭の方に頭を向けて、私の寝姿を鏡に映したように正反対の方
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