困った筈である。実はこっちでもヒドイ選手難に陥っていた。モトモトテニスらしいものが出来るのは、正直のところ一滴も酒の飲めない筆者の一組だけで、ほかは皆、支那の兵隊と一般、テニスなんてロクに見た事もない連中が吾も吾もと咽喉《のど》を鳴らして参加するのだから、鬼神壮烈に泣くと言おうか何と言おうか。主将たる筆者が弱り上げ奉ったこと一通りでない。
「オイ。主将。貴様は一滴も飲めないのだから選手たる資格はない。俺が大将になって遣るから貴様は退《の》け。負けたら俺が柔道四段の腕前で相手をタタキ付けて遣るから。なあ」
と言うようなギャング張りが出て来たりして、主将のアタマがすっかり混乱してしまった。仕方なしにそいつを選手外のマネージャー格に仮装して同行を許すような始末……それから原稿紙にテニス・コートの図を描いて一同に勝敗の理屈を説明し始めたが、真剣に聞く奴は一人もいない。
「やってみたら、わかるだろう」
とか何とか言ってドンドン帰ってしまったのには呆れた。意気既に敵を呑んでいるらしかった。
翌る朝の日曜は青々と晴れたステキな庭球日和であった。方々から借り集めたボロラケットの五、六本を束にした
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