の巡査に頼む。実は私の親友ですが。すこし精神異状を呈し。家に帰らず淋しい処を。ブラリブラリと歩くが病い。そこでお医者に見せたいなれど。俺は何ともないなぞいうて。得物《えもの》振り立て暴れまするで。止むを得ませぬ非常の手段。いつもここらを通るとわかり。取って押えに張り込みまする。そこでお仲間両三人の。お手が拝借願えましょうか。なぞと云ううちお金をいくらか。医師の口添え右から左と。思う通りに手順を運んで。ドンと落せばドンデン返し。狙う相手は千仞奈落《せんじんならく》。生きて出られぬキチガイ地獄じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。出るに出られぬキチガイ地獄じゃ。これがお家の騒動なんかで。狙う相手がまだウラ若い。息子か娘と来ているならば。もっと気取った手段があります。殊に近代思想にカブレた。頭の過敏の連中だったら。ズット手数が省ける訳だよ。すこし皮肉に取扱ったり。又は立場をコミ入らせると。すぐに神経衰弱式だよ。頬が青褪め眼玉がキラキラ。挙動《そぶり》言語《ことば》が変って来まする。これをシコタマ掴んだお医者に。診《み》せてしまえばこっちのものだよ。静養させるは表面《うわべ》の口実。花の蕾《つぼみ》が開かぬまんまに。あわれ落ち行く無間《むげん》の地獄じゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。あわれ落ち行く無間の地獄じゃ。こんな患者を専門にして。やって行くのがホントウ国でも。音に名高いマッタク博士じゃ。それも初めは普通のお医者で。やっていたのがこの種の患者は。貰う謝礼がステキに大きい。そこでだんだんそちらの専門。今じゃ大入《おおいり》大繁昌だよ。ナント吃驚《びっくり》タマゲタ市《シチー》に。善美つくした病院構えて。中に並ぶが現代文化の。粋《すい》を揃えた拷問道具に。息も洩らさぬ殺人設備じゃ。一眼見たらば真夏の土用も。零下何度の大寒地獄じゃ。それに引換え表の通りは。光り輝やく玄関構えに。並ぶ自動車その数知れない。しかも富豪や名士の家庭の。秘密握っているのが強味じゃ。強請《ゆすり》次第にお金が取れます。もしもその手が利かない時には。当の本人、秘密の正体。無理に作った正気の患者を。誤診だったと発表するぞよ。すぐに全快退院させるぞ。又は患者の味方となって。そちらの秘密を世間へ発《あば》くぞ。なんぞかんぞと絞った揚句《あげく》に。ゆする相手が破産をしたり。こちらの不正が曝《ば》れると見込めば。当の秘密の入院患者に。注射一本、水薬ポッタリ。あとで解剖してみるとても。そんな薬を使わにゃならぬ。ほどに暴れた患者かどうだか。今の医学の力じゃわからぬ。そこがマッタク博士の附け目じゃ。精神病医の手品の種《たね》だよ……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。精神病医の手品の種だよ。しかもまだまだ不思議の数々。流石《さすが》キチガイ地獄の本場じゃ。ホントウ国でもタマゲタ市《シチー》で。マッタク博士が大胆不敵に。そんな商売しておりながら。同じ仲間の地道なお医者に。指を一本指されぬばかりか。文句云われず批難を受けない。政府、警察、新聞記者まで。鳴りを静めて見ているばっかり……スチャラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。鳴りを静めて見ているばかりじゃ。つづく不思議がホントウ国の。機密費用の大|弗箱《ドルばこ》だよ。そこを洩れ出す巨万のお金が。マッタク博士のポケットの中へ。ソロリソロリと音さえ立てない。それかばかりかマッタク博士の。広い肩幅大きな胸には。並ぶメタルや勲章の数々。それも国家に偉大な功労。捧げた文官武官の連中が。滅多《めった》に貰えぬドエライ奴だよ。独逸《ドイツ》、仏蘭西《フランス》、英吉利《イギリス》、露西亜《ロシヤ》。日本なんぞは無かったようだが。それにつけてもマッタク博士が。そんな世界の強国相手に。ドンナ偉大な功労つくせば。コンナ勲章貰えたものかや。これはドウジャと魂消《たまげ》るばっかり……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……

       七

 ▼スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ。あ――ア。さても皆さん退屈様とは。思いますれどここらで止めては。仏作って魂入れずじゃ。破れカブレの封切序《ふうきりじゅん》に。並べ上げたる不思議の数々。眼にも止まらず耳にも聞こえぬ。科学文化の地獄の正体。底のドン底のドンドコドンまで。タタキ破って曝《さ》らげて拡ろげて。これはホントにタマゲタ話じゃ。マッタク凄《すご》いよ成る程そうかと。お立会い衆《しゅ》が合点《がてん》の行くまで。ザット御機嫌伺いまする。又と聞かれぬ地獄のチョンガレ。世にも不思議な木魚の話じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。又と聞かれぬ地獄のチョンガレ。聾唖《おし》の木魚の阿呆陀羅経だよ。さても然《しか》るにスカラカ、チャカポコ。そもやホントウ民衆国は。表向きでは世界の強国。世界一ならお国の自慢じゃ。自由正義の本場ときまった。民権本位の理想の国じゃと。呼ばれまするが日本と違うて。国の元首に誰でもなれます。お金本位の勢力本位じゃ。忠義という字も言葉も無いから。一から十までお金が物言う。正義、法律、お金で買えます。良心、貞操、むろんの事だよ。自由民権手段を撰ばず。掴んで離さぬ熊鷹《くまたか》根性の。億万長者の一流どころが。国の利益は自分の利益と。盤石《ばんじゃく》動かぬ算盤《そろばん》ずくめで。政治の実権握っているから。いくら政府が交代したとて。億万長者の威光は変らぬ。上は大臣、議員をはじめて。下は巡査や兵隊たちまで。国の繁昌一手に握った。一流どころの億万長者の。お金儲けの番頭手先じゃ。法律正義の仮面を冠《かむ》って。弱い正しい人間たちの。自由、道徳、義理人情をば。片《かた》っ端《ぱし》から踏み付けまわる。そこで斯様《かよう》な富豪たちの。非道な栄華を心《しん》から憎しむ。正義の味方の学者や牧師が。言論自由の権利の下に。富豪いじめの演説はじめる。又は書物に書いたりしますと。エライエライと皆|賞《ほ》め立てます。下層社会の人気が集まる。資本家倒せの輿論《よろん》が高まる……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。富豪倒せの輿論が高まる。そこで富豪が厄鬼《やっき》となります。そんな主張や輿論を掲げた。雑誌新聞デスクに投げ出し。これをどうしてくれるかなんどと。葉巻片手に政府を責めます。そこで政府は大いに困る。困る筈だよ政府の連中は。そんな富豪の番頭さんなら。御機嫌取らなきゃ立場があぶない。次の選挙の費用が貰えぬ。なれど個人の自由は自由じゃ。国の掟にちっとも触れない。筋道通った立派な人物。正義の味方の学者や牧師を。まさか追立て喰わせもならず。況《ま》して牢屋へ入れたりしたらば。エライ輿論の反対受けます。そこで思案に詰まった揚句が。裏の裏行くキチガイ地獄じゃ。そんな学者や牧師の中でも。首領株だけ眼星をつけて。お手の物なら刑事を使って。狙うているとは夢露《ゆめつゆ》知らずに。タッタ一人で淋しい処を。歩く後から足音忍ばせ。アットいう間に引ずり倒して。精神病者を押えた形式《かたち》で。大きな手錠と足錠かけます。顔に当てがう麻酔薬《まやく》のハンカチ。蔭に待たせたマッタク博士の。病院自動車眼がけて投込む。あとは皆まで云わずとわかる……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。あとは皆まで云わずとわかるよ。これを感付く文明諸国じゃ。国家個人の区別を問わない。わるい思案に詰まった連中が。こんな便利な手段は無いぞと。われもわれもと秘密《ないしょ》の頼みじゃ。這入る患者は政治家、学者。軍事探偵、大発明家。富豪、名家の跡取り世取り。又は名優スターの類だよ。他人の野心や不正の利得や。又は秘密の計画事業の。邪魔をする程手腕があったか。エライ立場におったが因果じゃ。予審、公判、宣告無しの。無期や有期の徒刑は勿論。電気椅子より手軽い死刑も。註文次第の何やら次第じゃ。ほんにこれこそ地獄の沙汰だよ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。ホンニこれこそ地獄の沙汰だよ。そこに落ち行く患者の中には。無論、狂人、瘋癲《ふうてん》病者も。申訳《もうしわけ》だけ居るには居るが。中に交《まじ》った優れた人物。英雄、豪傑、天才なんどを。白い服着た鹿爪《しかつめ》らしい。キチガイ地獄の牛頭馬頭《ごずめず》どもが。手取り足取りして行くあとから。金や勲章の山築《やまつ》く上から。ニヤリ見送るマッタク博士じゃ……チャチャラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

       八

 ▼チャチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ。あ――ア。ナント皆さん紳士や淑女よ。お立ち会い衆《しゅ》の大勢さまよ。これが私の洋行|土産《みやげ》じゃ。現代文化の影身《かげみ》に付添う。この世からなる地獄の話じゃ。鳥が囀《さえず》り木の葉が茂り。花に紅葉《もみじ》に極楽浄土の。中にさまよう精神病者じゃ。身寄りたよりに突きはなされて。罪も報いも泣こうに泣かれぬ。キチガイ乞食のあわれな姿じゃ。ここの村里、彼処《かしこ》の町で。夜毎日毎《よごとひごと》に追いまくられては。石や瓦の投げ打ちされては。雨にたたかれ風に晒《さら》され。雪や氷に消え入るばっかり。そんな地獄をこの世に作った。丸い明るい天道様まで。クルリクルリと顔をば背向《そむ》けて。俺は知らぬと云うたか云わぬか。ピカリピカリと笑って御座るよ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。ピカリピカリと笑って御座るが。それはまだしも気楽な地獄じゃ。昼夜不断の電燈|瓦斯燈《ガスとう》。唯物科学の文化の光りが。明るく光れば光って来るだけ。暗くなるのが精神文化じゃ。金じゃ女じゃ。権利じゃ義務じゃと。手段撰ばぬ悪智慧比べじゃ。道理外れた生存競争。電車自動車ソラ飛行機じゃと。縦横無尽に行き交《か》い飛び交う。人の運命一寸先だよ。暗に隠るる秘密の扉じゃ。連れて来られた老若男女は。狂気本気の区別を問わない。馬鹿も怜悧《りこう》も一列平等。ドンと蹴込《けこ》んでピタリと閉じたら。タッタ一呑み文句を云わせぬ。音も香《か》もなく落ち行く先だよ。娑婆《しゃば》の道理や人情の光りが。影も映《さ》さない暗黒世界じゃ。鉄筋煉瓦やセメント造りの。科学知識のこの世の地獄じゃ。中に重なるキチガイ地獄の。上に在るのが親切地獄で。次が軽蔑、冷笑地獄じゃ。下は虐待《ぎゃくたい》、暗殺地獄の。底は何やらわからぬ地獄じゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。あとは何やらわからぬ地獄の。次に並ぶはモ一《ひと》つスゴイよ。これは何でもわかった地獄じゃ。おのれ彼奴《あいつ》が正気の俺をば。こんな処へ投げ込みおるかと。歯噛み、身もだえ、地団駄《じだんだ》、踏んでも。踏めば踏む程、親切地獄じゃ。それでも止《や》めねば虐待地獄じゃ。あとは無念の白骨地獄で。化けても出られぬ奈落へ抜けます……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。化けて出られぬ奈落へ抜けるよ。そんな危い地獄の扉が。もしも本当《ほんと》にそこいら中に。あるとなったらさてどうなるか。お立会い衆は無論の事だよ。政府当局、天下の学者。知識階級の誰かれ問わない。血あり涙のある方々が。知らぬ顔して捨ててはおけまい。古い川柳に座敷の牢屋で。薬飲むにも油断がされぬと。(註に曰《いわ》く――座敷牢薬をのむに油断せず――柳樽《やなぎだる》――)御座りまするはお江戸の昔じゃ。況《ま》して況《いわ》んや近代文化の。科学知識の進歩の中でも。人の脳髄、心の正体。何が何やらわからぬために。精神病学研究し方が。八方|塞《ふさ》がり昔のままだよ。贋《にせ》のキチガイ真実《ほんと》のキチガイ。ハッキリ区別も出来ない癖に。ほかの医学の体裁真似して。治療診察なんどというては。四角四面の病院作って。器械標本、薬に書物と。並べ飾って威張っているなら。こんな地獄が出来るは当然。これを防ぐが目下の急務じゃ。そんな病院見当り次第に。タタキ潰すが何より急務じゃ……スカラカ、
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