くれたのかも知れない……が……いずれにしても今日の午前中、私が色んな書類を夢中になって読んでいるうちに、若林博士がコッソリと立ち去った後にはこの室の中に誰も居なかったのだ。正木博士も、禿頭《はげあたま》の小使も、カステラも、お茶も、絵巻物も、調査書類も、葉巻の煙も何もかも、みんな私の一箇月前の記憶の再現に過ぎないのだ。たった一人で夢遊中の夢遊を繰返していたに過ぎなかったのだ。
……私の頭は、そこまで回復して来たまま、同じ処ばかりをグルグルまわっているのだ。
……そうでないと思おうとしても、そうした不思議な事実の証拠の数々が、現在、生き生きと私の眼の前に展開して、私に迫って来るのをどうしよう。ほかに解決のし方がないのをどうしよう……。
……若林博士は、そうした私の頭を実験するために、一箇月前と同じ手順を繰り返しつつ、私をこの室に連れ込んだものに違いない。そうして多分一箇月|前《ぜん》もそうしたであろう通りに、どこからか私を監視していて、私の夢遊状態の一挙一動を細大洩らさず記録しているに違いない……否々……否々……きょうは、大正十五年の十一月二十日、と云った若林博士の言葉までも嘘だとすれば
前へ
次へ
全939ページ中931ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング