吾輩は人間がイヤになったのだ。こんな研究でもしていなければ、ほかに頭の使い道のない人間世界の浅薄、低級さに、たまらない程うんざりさせられてしまったのだ。
 ……それもこの出来|損《そこ》ないの世界を、新発明の火薬で爆発させるとか、蛙の卵から人間を孵化させるといったような、一端《いっぱし》、気の利いた研究ならまだしもの事、心理遺伝なんていう三つ児にでもわかる位、簡単明瞭な原則をタッタ一つ証明するために、足が棒になって、脳味噌が石になる程の苦労を重ねなければならぬ。あらゆるタチの悪い因果因縁に、執念深く附纏われて、それこそ地獄の苦しみに堕《お》ちながら、やっと真理の証明が出来たにしても、その報酬として何が残るか。妻子|眷族《けんぞく》に取捲かれてシンミリした余生を送るどころか、その研究が世に出る時は、自分の一生涯の破滅の時だ。飛んでもない野郎だというので、踏んで蹴られて、唾液《つば》を吐きかけられる時だ。……ザマア見やがれとはこの事だ」
「……………」
「……こんな見っともない、ダラシのない結論になって来る事を、今日がきょうまで気付かずに来た吾輩は、つくづく自分の馬鹿さ加減に愛想《あいそ》
前へ 次へ
全939ページ中857ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング