野《にじの》ミギワなぞいう呉虹汀《くれこうてい》に因《ちな》んだ名前が出て来たりしたので、傍々《かたがた》以てこの調査書の中に取入れたものとも考えられるようでもある。……が……しかし吾輩の眼から見るとそこにモットモット意味深長な、別個の暗示が含まれているように思える。……というのは外でもない。その呉一郎が生まれた年らしく推定される明治四十年の十二月は、この九州帝大の前身たる福岡医科大学が、第一回の卒業生……即ち吾々を生んだ年に当るのだ。……いいかい……」
「……………」
「……ところでこれが又、局外者の眼から見るとチョット根拠の薄弱な、余計な疑いのように見えるかも知れないが実はそうでない。当時の大学生の中に怪しい奴がいた。そいつがこの事件のソモソモの発頭人で、直方事件の下手人も其奴《そやつ》に相違ないという事を、この調査書は云いたくて云い得ずにおるように見える。……これが吾輩の所謂《いわゆる》、自白心理だ。問うに落ちずして語るに落ちるという千古不磨《せんこふま》の格言のあらわれだ。呉一郎が生まれた真実の時日と場所を知っているのは、母親の千世子を除いてはWとMの二人きりだからね」
私は
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