ませて、その隙《すき》に仕事をするという段取りになるのだ。もっともこの姪の浜という処は半漁村で、鮮魚を福岡市に供給している関係から、よく虎列剌《コレラ》とか、赤痢《せきり》とかいう流行病の病源地と認められる事があるので、その手の病原菌を使うと手軽でいいのだが、しかしこの種のバクテリヤは、その人間の体質や、その時その時の健康の状態によって利かない事があるから困る。いずれにしても九大の法医学教室は衛生、細菌の教室と共同長屋で、細菌や毒物の研究が盛だから、その方の手筈には頗《すこぶ》る便利な訳だと思う。とにかく微塵《みじん》も狂いのないようにして取りかかったところに、この事件の特徴があるのだからね。
 ……次に当日、呉一郎が福岡市の出外《ではず》れの今川橋から姪の浜まで、約一里の間を歩いて帰るとすれば、是非ともあの石切場の横の、山と田圃《たんぼ》に挟まれた国道を通らなければならぬ事は、戸倉仙五郎の話にも出ていたが、これは実地を見ても直ぐにうなずける。麦はもう大分伸びている頃だが、深い帽子に色眼鏡、薄い襟巻とマスク、夏マントなぞいうものを取合わせて、往来に近い石の間か何かに腰をかけて、動かない
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