間にその犯罪者は、今までの危険な立場を一転して、殆ど絶対の安全地帯に立つことが出来る。そうなったら最早《もう》、占《し》めたものである。一旦、この錯覚が成立すると、容易に旧態《もと》に戻すことが出来ない。事実を明らかにすればする程、相手の錯覚を深めるばかりで、自分が犯人である事を主張すればする程、その犯人が立つ安全地帯の絶対価値が高まって行くばかりである。しかもこの錯覚に引っかかる度合いは、相手の頭が明晰であればある程、深いのだ……いいかい……。
……この『犯罪自白心理』の最も深刻なものと『犯罪隠蔽心理』の最も高等なものとが、一緒になって現出したのが、この調査書類なのだ。正に、これこそ、吾輩の遺言以上の、前代未聞の犯罪学研究資料であろうと思われるのだ……いいかい……そうして更に……」
ここまで云って言葉を切ったと思うと、正木博士は不意に身軽く、如何にも自由そうに廻転椅子から飛降りた。自分の考えを踏み締めるように両手を背後《うしろ》に組んで、一足一足に力を入れて、大|卓子《テーブル》と大|暖炉《ストーブ》の間の狭いリノリウムの上を往復し初めた。
私は矢張《やっぱ》り旧《もと》の通り
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