…でも仲々困難でしょうね」
「ナニ訳はない。発病の原因と経過とが、今まで述べて来たように、精神病理学的に判然しておれば治療《なお》す方法もチャントわかって来る。殊にこの呉一郎みたように、原因のハッキリした精神異状が、治癒《なお》らなければ、吾輩の精神病理学は机上の空論だ」
「……ヘエ。それで……ドンナ方法で治療するんですか」
「ウン。適当な暗示という薬を臨機応変に用いて治療するのだ。それも禁厭《まじない》とか御祈祷とかいうような非科学的なものじゃない。……つまり今まで話して来たように呉一郎は、黴毒《ばいどく》とか、結核とかいう肉体的の疾患に影響されて神経を狂わしたのじゃない。純粋な精神的な暗示だけで発狂したんだ。すなわちこの絵巻物を見た後《のち》の呉一郎は、時間も、空間も、呉一郎も、呉青秀も、支那も、日本もわからなくなって、ただ濃厚、深刻を極めた支那一流の変態性慾の刺戟と、これを渦巻きめぐる錯覚、幻覚、倒錯観念ばかりで生きる事になったんだ。そうしてその変態性慾も亦《また》、呉青秀が一千年前に経過して来た通りの順序で変化して来て、遂《つい》にはただ『女の屍体が見たい』というような単純な、
前へ
次へ
全939ページ中766ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング