それが夢中遊行以後の呉一郎の存在であった。『取憑《とりつ》く』とか『乗移る』とかいう精神病理的な事実を、科学的に説明し得る状態はこの以外にないのだ」
「……………」
「……この深刻、痛烈を極めた変態性慾の刺戟の前には、呉一郎自身に属する一切の記憶や意識が、何の価値もない影法師同然なものになってしまった。今まで呉一郎を支配して来た現代的な理智や良心の代りに、一千年月の天才青年の超無軌道的な、強烈奔放な慾求が入れ代ったのだ。そうしてその記憶の中《うち》にタッタ一つ美しいモヨ子……一千年前の犠牲であった黛《たい》夫人に生写《いきうつ》しの姿がアリアリと浮出した」
「……………」
「……一千年後に現われた呉青秀の変態性慾の幽霊はかくして現代青年の判断力や、記憶や、習慣を使って無軌道的な活躍を初めた。姪の浜の石切場を出ると飛ぶように急いで家に帰って、モヨ子と何かしら打合わせた。多分、母屋《おもや》の雨戸の掛金を内側から外《はず》しておく事や、土蔵《くら》の鍵だの、蝋燭だのいうものを用意しておく事であったろうと思われるが……それから呉一郎は家中が寝鎮《ねしず》まるのを待って母屋へ忍び込んで、そっと
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