上靴、六時二十三分を示している腕時計の黒いリボンの寸法までも、ピッタリと合っているのには驚いた。あんまり不思議なので上衣のポケットに両手を突込んでみると、右手には新しい四ツ折のハンカチと鼻紙、左手には幾何《いくら》這入っているかわからないが、滑《やわ》らかに膨らんだ小さな蟇口《がまぐち》が触《さわ》った。
私は又も狐に抓《つま》まれたようになった。どこかに鏡はないか知らんと、キョロキョロそこいらを見まわしたが、生憎《あいにく》、破片《かけら》らしいものすら見当らぬ。その私の顔をやはりキョロキョロした眼付きで見返り見返り三人の看護婦が扉を開けて出て行った。
するとその看護婦と入れ違いに若林博士が、鴨居よりも高い頭を下げながら、ノッソリと這入って来た。私の服装を検査するかのように、一わたり見上げ見下すと、黙って私を部屋の隅に連れて行って、向い合った壁の中途に引っかけてある、洗い晒《ざら》しの浴衣《ゆかた》を取り除《の》けた。その下から現われたものは、思いがけない一面の、巨大《おおき》な姿見鏡であった。
私は思わず背後《うしろ》によろめいた。……その中に映っている私自身の年恰好が、あん
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