か少し膨《ふくら》んでいるようであるが、しかし腫《は》れ物ではないようである。たしかに何かと強くぶつかるか、又は打たれるかした痕跡《あと》である……今の今まで、こんな痛みは感じなかったが……そうして又、今朝《けさ》から今までの間に、そんなに非道《ひど》く頭を打ったおぼえは一つもないのだが……。
 夢に夢見る心地とは、こんな場合をいうのであろう。私はその痛みの上にソッと手を当てて、シッカリと眼を閉じたまま頭を強く左右に振った。……絶壁から飛び降りるような気持ちで、思い切って眼をパッチリと大きく見開いて、自分の上下左右を念入りに見まわしてみたが……眼を閉じた前と何一つ変ったところはなかった。ただ最前から解放治療場の附近を舞いまわっているらしい、一匹の大きな鳶《とび》の投影が、又も場内の砂地の上を、スーッと横切っただけであった。
 それを見た時に私は、どうしても一切が現実としか思えない事を自覚せずにはおられなかった。たといそれがドンナに不思議な、又は、恐ろしい精神科学的現象の重なり合《あい》であるにせよ、私自身にとっては決して、夢でもなければうつつ[#「うつつ」に傍点]でもない。たしかに実在
前へ 次へ
全939ページ中676ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング