瞬きをしいしい正木博士の妙な笑い顔を睨んだ。
「……そんなら……僕は……やはり呉一郎……」
「……そうだよ。理論上から云っても、実際上から見ても、君はどうしても呉一郎と名乗る青年でなくては、ならなくなるんだよ。不思議に思うのは無理もないが仕方がない。それで……その上に君が君自身の過去の記憶を、今見ているような夢の程度でない、ハッキリした現実にまでスッカリ回復して終《しま》ったとなれば、残念ながらこの実験は若林の大勝利で吾輩の敗北だ……かどうだかは、まだ結果を見ないと解らないがね。フフフフ」
「……………」
「……とにかく奇妙奇態だろう。変妙不可思議だろう。しかし、これを学理的に説明すると、何でもない事なんだよ。普通人でも頭が疲れている時とか、神経衰弱にかかっている時なぞには、よくこんな事があるんだよ。尤も程度は浅いがね……白昼《まひる》の往来を歩きながら、昨夜《ゆうべ》自分が女にチヤホヤされて、大持てに持てていた光景を眼の前に思い浮かめてニヤリニヤリと笑ったり、淋しい通りを辿《たど》ってゆくうちにこの間、電車に轢《ひ》かれ損《そこ》なった刹那の光景を幻視して、ハッと立ち止まったりする。
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