《まわり》の白い布切《きれ》は、私の気づかぬうちに理髪師が取外《とりはず》して、扉の外で威勢よくハタイていた。
その時に何やら赤い表紙の洋書に読み耽っていた若林博士は、パッタリと頁《ページ》を伏せて立ち上った。長大な顔を一層長くして「ゴホンゴホン」と咳《せき》をしつつ「どうぞあちらへ」という風に扉の方へ両手を動かした。
顔一面の髪の毛とフケの中から、辛《かろう》じて眼を開いた私は、看護婦に両手を引かれたまま、冷めたい敷石を素足で踏みつつ、生れて初めて……?……扉の外へ出た。
若林博士は扉の外まで見送って来たが、途中でどこかへ行ってしまったようであった。
扉の外は広い人造石の廊下で、私の部屋の扉と同じ色恰好をした扉が、左右に五つ宛《ずつ》、向い合って並んでいる。その廊下の突当りの薄暗い壁の凹《くぼ》みの中に、やはり私の部屋の窓と同じような鉄格子と鉄網《かなあみ》で厳重に包まれた、人間の背丈ぐらいの柱時計が掛かっているが、多分これが、今朝早くの真夜中に……ブウンンンと唸《うな》って、私の眼を醒まさした時計であろう。どこから手を入れて螺旋《ねじ》をかけるのか解らないが、旧式な唐草模
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