。
それは二個《ふたつ》の丸い櫛《くし》が、私の頭の上に並んで、息も吐《つ》かれぬ程メチャクチャに駈けまわり初めたからであった……が……その気持ちのよかったこと……自分がキチガイだか、誰がキチガイだか、一寸《ちょっと》の間《ま》にわからなくなってしまった。……嬉しいも、悲しいも、恐ろしいも、口惜しいも、過去も、現在も、宇宙万象も何もかもから切り離された亡者《もうじゃ》みたようになって、グッタリと椅子に凭《も》たれ込んで底も涯《はて》しもないムズ痒《がゆ》さを、ドン底まで掻き廻わされる快感を、全身の毛穴の一ツ一ツから、骨の髄まで滲み透るほど感銘させられた。……もうこうなっては仕方がない。何だかわからないが、これから若林博士の命令に絶対服従をしよう。前途《さき》はどうなっても構わない……というような、一切合財をスッカリ諦らめ切ったような、ガッカリした気持ちになってしまった。
「コチラへお出《い》でなさい」
という若い女の声が、すぐ耳の傍でしたので、ビックリして眼を開くと、いつの間にか二人の看護婦が這入《はい》って来て、私の両手を左右から、罪人か何ぞのようにシッカリと捉えていた。首の周囲
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