い込ませ得るという見込みが付いたので、わざと君に押し付けておいて、君が夢中になって読んでいるうちにコッソリ姿を消してしまったのだ。そうしてこれに対して吾輩がドンナ処置を執《と》るかを試験しているらしい様子だ。
 ……そこで吾輩いよいよ面白くなったね。……よし……その儀ならばこっちも一つその計略の裏を行って、あべこべに彼奴の挑戦に逆襲してやれと思って、暖炉《ストーブ》の中からソーッとここへ出て来て、この椅子に腰を卸しながら、君がその遺言書を読み終るのを待っていた訳なんだが……。ハッハッ……どうだい。今君と吾輩とは天下の名法医学者、若林鏡太郎氏の計劃の下に対決しているんだよ。そうして君がどこの何という名前の青年であるか……この事件と如何なる因果関係によって結び付けられて、現在その椅子に座らせられているのかという事は、まだ学理上にも実際上にも明白に決定されていないのだよ。
 ……だから彼奴、若林の予想通りに、君がその自我忘失症から、姪の浜の一青年呉一郎として覚醒して、吾輩をその事件の裏面に活躍している怪魔人……血も涙もない極悪非道の精神科学の手品使いとして指摘すれば、この対決は吾輩の負けにな
前へ 次へ
全939ページ中658ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング