、君を騒がせないための小細工に過ぎないんだよ。いいかね……もし吾輩がこの遺言書をこんな風に書きさしたまま、どこかへ消え失せてから、まだ幾時間も経っていないという事が君にわかれば、君はキット吾輩が自殺に出かけたものと思ってハラハラするだろう。又実際そうとなったら彼奴《きゃつ》だってジッとしてはおられまい。友人の義務としても、又は、学部長の責任としても否応《いやおう》なしに万事を打ち棄てて、吾輩の行衛《ゆくえ》を突き止めて、自殺を喰い止めなくちゃならない事になるだろう。……ところで又そうなると若林は、自分の手一つで君の過去の記憶を呼び返させ得る唯一無二の機会を失う事になるかも知れないだろう……ね……そうだろう……君が過去の記憶を思い出すか出さないかは、若林の身にとってみると生涯の一大事になる訳があるんだからね。しかも今朝《けさ》が絶好の機会と来ているんだから……」
「……………」
「……だから若林は、吾輩がどこからか耳を澄ましているのをチャント知り抜いていながら、今日はこの遺言書が書かれてから一箇月後の十一月二十日だなぞと、法医学者にも似合わない尻の割れた出鱈目《でたらめ》を云って、とにも
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