あの一枚を破るのを忘れていたからで、同時に吾輩が昨日から徹夜してここに居た事を証明しているのだ……いいかい。解ったね。……それから、序《ついで》に吾輩の頭の上の電気時計を見たまえ。今は十時十三分だろう。ウン。吾輩のとピッタリ合っている。つまり吾輩が今朝になって、その遺言書を書きさしたまま、居睡《いねむ》りを初めてから、まだ五時間しか経過していない理窟になるんだ。……こうした事実と、その遺言書のおしまいの処のインキがまだ青々としている事実とを綜合したら、吾輩がこうしてケロリとしていたって別に不思議がる事はなかろうじゃないか。いいかい、……この点をまずシッカリ頭に入れとかないと、あとで又大変な錯覚に陥るかも知れない虞《おそれ》があるんだよ」
「……しかし……若林先生が先刻《さっき》……」
「いけない……」
と一際《ひときわ》大きな声で云ううちに、正木博士の右手の拳骨《げんこつ》が高く揚がると、私の頭の中の迷いを一気にたたき除《の》けるように空間で躍った。……活溌な……万事を打ち消すような元気を横溢《おういつ》さして……。
「いけない。吾輩の云う事を信じ給え。若林の云う事を本当にしてはいけ
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