け換えのない吾児《わがこ》に渡すような無慈悲な母親が、この世に在ろうとは思われぬので御座いますが、これには何か深い仔細がありそうに思われますので、いずれに致しましても、これから申述べまするお話をお聴き取り下されますれば、やがて何事もお解りになるであろうと存じます。
――思いますればもう二《ふ》た昔……イヤ……もう三十年ほどにもなりましょうか。まことに古い事で御座います。もはや御承知か存じませぬが彼《か》の千世子という御婦人は、幼ない時から何事に依らず怜悧《りこう》発明な上に、手先の仕事に冴えたお方で、中にも絵を描《か》く事と、刺繍《ぬいとり》をする事が取分けてお上手だったそうで、まだお合羽《かっぱ》さんに振袖のイタイケ盛りの頃から、この寺の本堂の片隅なぞにタッタ一人でチョコナンと座って、襖《ふすま》に描いてある四季の花模様や、欄間《らんま》の天人の彫刻《ほりもの》なぞを写して御座る姿を、よく見受けたもので御座います。その頃からもうそれはそれは可愛らしい、人形のような眼鼻立ちで御座いましてナ……。
――ところが軈《やが》て十四か五になられた頃であったかと思います。学校の帰りと見えまし
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