妙なヤヤコシイ話ばかり聞かされて、訳が判然《わか》らないままに疲れてしまったような気持ちになりながら……。
 しかし若林博士は、私のそうした気持ちに頓着なく、軽い咳払いを一つして、話の調子を改めた。
「……では……只今から、貴方のお名前を思い出して頂く実験に取りかかりたいと存じますが……私どもが……正木先生も同様で御座いましたが……貴方の過去の御経歴に最も深い関係を持っているに相違ないと信じております色々なものを、順々にお眼にかけまして、それによって貴方の過去の御記憶が喚《よ》び起されたか否かを実験させて頂きたいので御座いますが、如何《いかが》で御座いましょうか」
 と云ううちに籐椅子の両肱に手をかけて、姿勢をグッと引伸ばした。
 私はその顔を見守りながら、すこしばかり頭を下げた。……ちっとも構いません。どうなりと御随意に……という風に……。
 しかし心の中では些《すく》なからず躊躇《ちゅうちょ》していた。否、むしろ一種の馬鹿馬鹿しさをさえ感じていた。
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……今朝から私を呼びかけたあの六号室の少女も、現在眼の前に居る若林博士も同様に、人違いをしているのではあるまい
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