ません。……ハテ妙な事……と思いますとチョット胸騒ぎが致しましたが、外は小雨が降っておりましたので、新しい台所の上り口から自分の下駄を持って参りまして、飛び石伝いに母屋の方へ参りますと、奥座敷の戸袋の処が一枚開いて、そこにすこしばかり砂のついた下駄の跡が薄明りなりに見えるようで御座います。私はそこで又チョット考えましたが、間もなく思い切って下駄を脱いで、抜き足さし足で廊下を伝って行って、奥座敷の硝子障子を覗き込みますと、暗い電燈の下に、お八代さんは片手を投げ出して寝ておりますが、その横に敷いてあるオモヨさんの寝床は藻抜《もぬ》けの殻で、夜具が裾の方に畳み寄せてありまして、緋《ひ》ぐくしの高枕が床のまん中に置いてある切りで御座います。
――私はその時にようやっと最前日暮れ方に見た事を思い出しまして……ナアンダ、そんな事だったか。それなら別段心配せんでもよかったに……と、どうやら胸を撫で卸《おろ》しました。……が……しかし又考えてみますと、この道ばかりは別とはいえ、あの若旦那のなさる事にしてはチョット様子が可怪《おか》しいと気がつきましたので、又、何とのう胸騒ぎがし初めました。やっぱり虫
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