影致しておりますために、あのようにフィルムの上方に見えておるので御座います。
 なおこの室内に在りますものが、あの皿一つでない事は申すまでもありませぬ。しかも両側の窓の鎧戸《よろいど》や、入口の扉が、固く鎖《とざ》されておりまするために、この部屋の闇黒の度合は極めて深くなっておりますので、あの汚物の燐光が辛うじて認められます以外には、何一つ発見出来ませぬ。どこかでシイ――インと湯が湧いているような、死んだような静寂の裡に、正木博士撮影の「天然色、浮出し、発声映画」のフィルムはただ、漆のように黒く、時の流れのように秘《ひめ》やかに流れて行くばかり……五十尺……百尺……二百尺……三百尺…………。
 ……そもそも正木博士は、何の必要があってか、御苦労千万にも、その双耳、双眼式、天然色、浮出し、発声映画の撮影|暗箱《カメラ》を、この解剖室の天井裏まで担《かつ》ぎ上げたものであろう……如何なる目的の下に、斯様《かよう》な詰らない闇黒の場面を、いつまでもいつまでも辛棒強く凝視した……否、撮影し続けたものであろう……堂々たる大学教授の身分でありながら、斯様な鼠と同様の所業に憂身《うきみ》をやつすとは
前へ 次へ
全939ページ中408ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング