く間もなく、寝台の端に乗り出した。
しかし若林博士は、どこまでも落付いていた。端然として佇立《ちょりつ》したままスラスラと言葉を続けて行った。その青白い瞳で、静かに私を見下しながら……。
「……その事件と申しますのは、ほかでも御座いませぬ。……何をお隠し申しましょう。只今申しました正木先生の精神科学に関する御研究に就きましては、かく申す私も、久しい以前から御指導を仰いでおりましたので、現に只今でも引続いて『精神科学応用の犯罪』に就いて、研究を重ねている次第で御座いますが……」
「……精神科学……応用の犯罪……」
「さようで……しかし単にそれだけでは、余りに眼新しい主題《テーマ》で御座いますから、内容がお解かりにならぬかも知れませぬが、斯様《かよう》申上げましたならば大凡《おおよそ》、御諒解が出来ましょう。……すなわち私が、斯様な主題《テーマ》に就いて研究を初めました抑々《そもそも》の動機と申しますのは、正木先生の唱え出された『精神科学』そのものの内容が、あまりに恐怖的な原理、原則にみちみちていることを察知致しましたからで御座います。たとえば、その精神科学の一部門となっております『精神
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