が氷の如く透過する。或は風のために無辺際の虚空に吹き散らされ、又は雨のために無間《むげん》の奈落《ならく》に打落される。こうして想像も及ばぬ恐怖と苦悩の世界に生死も知らず飜弄されながら……ああどうかしてモット頑丈な姿になりたい。寒さにも熱さにも堪えられる身体《からだ》になりたい……と身も世もあられず悶《もだ》え戦《おのの》いているうちに、その細胞は次第に分裂増大して、やがてその次の人間の先祖である魚の形になる。即ち暑さ寒さを凌《しの》ぎ得る皮肌、鱗《うろこ》、泳ぎ廻る鰭《ひれ》や尻尾《しっぽ》、口や眼の玉、物を判断する神経なぞが残らず備わった、驚くべき進歩した姿になる。……ああ有難い、これなら申分《もうしぶん》はない。俺みたような気の利いた生物はいまい……と大得意になって波打際を散歩していると、コワ如何に、自分の身体の何千倍もある章魚《たこ》入道が、天を蔽《おお》うばかりの巨大な手を拡げて追い迫って来る。……ワッ――助けてくれ……と海藻の森に逃込んで、息を殺しているうちにヤット助かる。そこでホッと安心してソロソロ頭を持上げようとすると、今度は、思いもかけぬ鼻の先に、前の章魚よりも何十層
前へ 次へ
全939ページ中337ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング