な事には関係しない。生まれて、成長して、生殖し老衰して、死滅して行きつつ感ずる実際の時間の長さは、どれも、これも同じ一生涯の長さに相違ないのである。この道理を知らないで、朝生まれて夕方死ぬ嬰児《あかんぼ》の哀れさを、同じく朝生まれて日暮れ方に老死する虫の生命と比較して諦めようとするのは馬鹿馬鹿しく不自然、且《かつ》、不合理な話で、畢竟《ひっきょう》するところ、融通の利かない人工の時間と、無限に伸縮自在な天然の時間とを混同して考えるところから起る悲喜劇に過ぎない。
 一切の自然……一切の生物は、かように無限に伸縮自在な天然の時間を、各自、勝手な長さに占領して、その長さを一生の長さとして呼吸し、生長し、繁殖し、老死している。同様に人体を作る細胞の寿命が、人工の時間で計って如何に短かくとも、その領有している天然の時間は無限でなければならぬ。だからその細胞が、その無限の記憶の内容と、無限の時間とを使って、大車輪で「夢」を描くとすれば、五十年や、百年の間の出来事を一瞬、一秒の間に描き出すのは何の造作もない事である。支那の古伝説として日本に伝わっている「邯鄲夢枕物語《かんたんゆめまくらものがたり》
前へ 次へ
全939ページ中331ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング