永眠されたので御座います。……しかも、その後任教授がまだ決定致しておりませず、適当な助教授も以前から居ないままになっておりました結果、総長の命を受けまして、当分の間、私がこの教室の仕事を兼任致しているような次第で御座いますが……その中でも特に大切に、全力を尽して御介抱申上げるように、正木先生から御委托を受けまして、お引受致しましたのが、外《ほか》ならぬ貴方で御座いました。言葉を換えて申しますれば、当精神病科の面目、否、九大医学部全体の名誉は目下のところ唯一つ……あなたが過去の御記憶を回復されるか否か……御自身のお名前を思い出されるか、否かに懸《かか》っていると申しましても、よろしい理由があるので御座います」
若林博士がこう云い切った時、私はそこいら中が急に眩《まぶ》しくなったように思って、眼をパチパチさした。私の名前の幽霊が、後光を輝やかしながら、どこかそこいらから現われて来そうな気がしたので……。
……けれども……その次の瞬間に私は、顔を上げる事も出来ないほどの情ない気持に迫られて、われ知らず項垂《うなだ》れてしまったのであった。
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……ここはたしかに九州帝
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