│
│ 九州帝国大学法医学教授        │
│              若林鏡太郎 │ 
│ 医学部長               │
│                    │
│                    │
└────────────────────┘
[#ここで字下げ終わり]

 この名刺を二三度繰り返して読み直した私は、又も唖然《あぜん》となった。眼の前に咳嗽《せき》を抑えて突立っている巨大な紳士の姿をモウ一度、見上げ、見下ろさずにはいられなかった。そうして、
「……ここは……九州大学……」
 と独言《ひとりごと》のように呟《つぶ》やきつつ、キョロキョロと左右を見廻わさずにはおられなくなった。
 その時に巨人、若林博士の左の眼の下の筋肉が、微《かす》かにビクリビクリと震えた。或《あるい》はこれが、この人物独特の微笑ではなかったかと思われる一種異様な表情であった。続いてその白い唇が、ゆるやかに動き出した。
「……さよう……ここは九州大学、精神病科の第七号室で御座います。どうもお寝《やす》みのところをお妨げ致しまして恐縮に堪えませ
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