れどもそのうちに……サテはこの紳士が、今の自動車に乗って来た人物だな……と直覚したように思ったので、吾《わ》れ知らずその方向に向き直って座り直した。
 すると間もなく、その巨大な紳士の小さな、ドンヨリと曇った瞳の底から、一種の威厳を含んだ、冷やかな光りがあらわれて来た。そうして、あべこべに私の姿をジリジリと見下し初めたので、私は何故となく身体《からだ》が縮むような気がして、自ずと項垂《うなだ》れさせられてしまった。
 しかし巨大な紳士は、そんな事を些《すこ》しも気にかけていないらしかった。極めて冷静な態度で、一《ひ》とわたり私の全身を検分し終ると、今度は眼をあげて、部屋の中の様子をソロソロと見まわし初めた。その青白く曇った視線が、部屋の中を隅から隅まで横切って行く時、私は何故という事なしに、今朝眼を醒ましてからの浅ましい所業を、一つ残らず看破《みやぶ》られているような気がして、一層身体を縮み込ませた。……この気味の悪い紳士は一体、何の用事があって私の処へ来たのであろう……と、心の底で恐れ惑いながら……。
 するとその時であった。巨大な紳士は突然、何かに脅やかされたように身体を縮めて前屈
前へ 次へ
全939ページ中27ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング