しろ先生が海に落ちておられた附近は千代町《ちよまち》方向から長く続いた防波堤になっておりますので、どこからどんな風に歩いて来られて、どこで踏外《ふみはず》して海へ落ちられたものか、足跡一つ発見出来ませぬ。同伴者の在る無しは勿論のこと、仮りに他殺としましても犯人の手がかりが全然掴めないのです……。
 ……一方に、只今お話し致しましたような斎藤先生の御人格から考えましても、他人の怨《うら》みを受けられるような事は、まず無いとしか考えられませぬので、結局、やはり過失であろうという事になってしまいました。斎藤先生は滅多に酒を用いられぬ代りに、酔うと前後を忘れられるのが唯一つの欠点であったのですが、実に惜しい人を死なしたものです」
「……その一緒にお酒を飲んだ人は、まだ判明《わか》らないのですか」
「……左様……今だに判明致しませぬが、これは余程デリケートな良心を持った人でなければ、名乗って出られますまい」
「……でも……でも……名乗って出ないと一生涯、息苦しい思いをしなければならないでしょう」
「近頃の人達の常識から申しますと、そんなにまで良心的に物事を考える必要がないらしいのです。……たとい
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