というものを科学的に観察する学術……すなわち精神科学に対する知識が欠けているからである。この論文に発表されているような根本的な精神、もしくは生命、もしくは遺伝の研究方法を発見すべく、全世界の精神科学者が、如何に焦慮し、苦心しているかという事実を諸君が御存じない。そのためにこの論文の真価値が理解されないものである事を、私は専門の名誉にかけて主張する者である。
 ……すなわちこの論文は、人間が、母の胎内に居る十箇月の間に一つの想像を超絶した夢を見ている。それは胎児自身が主役となって演出するところの『万有進化の実況』とも題すべき数億年、乃至《ないし》数十億年の長時間に亘《わた》る連続活動写真のようなもので、既に化石となっている有史以前の異様奇怪を極めた動植物や、又は、そんな動植物を惨死滅亡させた天変地妖の、形容を絶する偉観、壮観までも、一|分《ぶ》一|厘《り》違わぬ実感を以て、さながらに描きあらわすのみならず、引続いては、その天変地妖の中から生み出された原始人類、すなわち胎児自身の遠い先祖たちから、現在の両親に到る迄の代々の人間が、その深刻な生存競争のためにどのような悪業を積み重ねて来たか。
前へ 次へ
全939ページ中146ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング