なく、深く突込んで質問した事なぞもありませんでした。
 ……ところが間もなく、斯様《かよう》な斎藤先生の御不満が、正木先生の天才的頭脳と相俟《あいま》って、当時の大学部内に、異常な波瀾を捲き起す機会が参りました。それは、ちょうど、私共が当大学を卒業致します時で、正木先生が卒業論文として『胎児の夢』と題する怪研究を発表されたのに、端《たん》を発したので御座いました」
「……胎児……胎児が夢を見るのですか」
 と私は突然に頓狂な声を出した。それ程に胎児の夢[#「胎児の夢」に傍点]という言葉が、異様な響きを私の耳に与えたのであった……が……しかし若林博士は矢張《やは》りチットモ驚かなかった。私が驚くのが如何にも当然という風にうなずいた。手にした書類を一枚一枚、念入りに繰り拡げては、青白い眼で覗き込みながら……。
「……さようで……その『胎児の夢』と申します論文の内容も、追付《おっつ》けお眼に触れる事と存じますが、単にその標題を見ましただけでも尋常一様の論文でない事がわかります。普通人が見る、普通の夢でさえも、今日までその正体が判然《わか》っておりませぬのに、況《ま》して今から二十年も昔に遡《
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