御座いませんでした。取りあえず学問の方だけで申しましても、その頃の私どもの研究というものは、只今のように外国の書物が自由自在に得られませぬために、あらゆる苦心を致しましたものです。学校の図書館の本を借りて来て、昼夜兼行で筆写したりなぞしておりましたのに、正木先生だけはタッタ一人、頗《すこぶ》る呑気な状態で自費で外国から取寄せられた書物でも、一度眼を通したら、あとは惜し気もなく他人《ひと》に貸してやったりしておられたものでした。そうして御自身は道楽半分ともいうべき古生物の化石を探しまわったり、医学とは何の関係もない、神社仏閣の縁起を調べて廻《ま》わったりしておられたような事でした。……尤《もっと》もこうした正木先生の化石集めや、神社仏閣の縁起調べは、その当時から、決して無意義な道楽ではありませんでした。……『狂人解放治療』の実験と、重大な関係を持っている計劃的な仕事であった。……という事が、二十年後の今日に到って、やっと私にだけ解かりかけて参りましたので、今更のように正木先生の頭脳の卓抜、深遠さに驚目駭心《きょうもくがいしん》させられているような次第で御座います。いずれに致しても、そのよ
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