がた》い。……結局、私がこの絵巻物から発見したものは、今の上品な香水の匂いだけであった。
 私は今一度、絵巻物に顔を近付けて、ほのかにほのかに何事かを私に話しかけるような香気を繰返し繰返し、腹の底まで吸い込んでみた……が……それは何という香水か知らないが、ホントウに上品な、清浄そのもののような香気と思えるばかりでなく、私の記憶の底の底から何かしらなつかしいような又は遣《や》る瀬《せ》のない夢のような……正直に云えば吸い付きたいような思い出を喚《よ》び起すらしい気持のする匂いであった。云うまでもなくそれは女性のソレらしく思われるが、併しそれが私の昔の恋人か、それとも母か姉か……というような見当がつく程まざまざとした感じではない。……私は念のために立ち上って、入口の扉《ドア》の横から自分の角帽を取って来て、その内側の香《にお》いと、絵巻物の香気とを嗅ぎ較べて見た。けれども私の帽子の内側は、いくら嗅いでも新しい羅紗《らしゃ》と、エナメル皮と、薄い黴《かび》の匂いしかしなかった。私が絵巻物のソレと同じ香水を使っていたという証拠にも参考にもならなかった。
 私は帽子を横に置きながら軽い嘆息をして、絵巻物を捲き返そうとしたが、又……ビクリ……とすると手を止めた。思わず空間を凝視しながら……。
 ……実に意外千万な暗示が頭の中に閃《ひら》めき込んで来たからであった……。
 ……姪の浜の石切場で、呉家の常雇《じょうやと》いの老農夫戸倉仙五郎が呉一郎を発見した時には、絵巻物の白い処ばかりを呉一郎が凝視していたという……その不可思議な事実のホントの意味が、チラリと判りかけて来たからであった……。

 ……というのは外でもない……。
 この絵巻物の中でも、おしまいの漢文の由来記が書いてある処までは、度々人間の手によって拡げられたり、捲かれたりしたものに違いない事がわかり切っている。従って、その一丈近い長さの間には、何かしらこの絵巻物を覗いた人間の身に附いたものが落ち込んでいるべき可能性のある処である……が併《しか》し、それと同時に、万人の中に一人でも、これから先の白い紙ばかりの処を、ズット先の方まで開いて見る人間があったとすれば、その人間の頭は、余程普通と違った頭でなければならぬ訳で、どちらかといえば、そんな人間は絶無に近い事が、常識で考えても直ぐに判るであろう。……とはいえ又、万一にもソンナ常識で想像出来ない或る場合とか、又はその余程アタマの構造の違った人間とかが実際に出現して、由来記の後の白紙ばかりの処をズット先の方まで開いて見た事があったとしたらドウであろうか。早い話が、この絵巻物の筆者呉青秀は、黛夫人の白骨になった姿だけを、悠々と落ち付いて、一番おしまいの処に描いているような事がありはしまいか。……それを黛夫人の妹の芬《ふん》女を初め、呉家の代々の人々から正木博士に到るまで、唯、常識で考えて、この中に描いてある死像を六体限りとアッサリきめているような事がありはしまいか。……そうして更に、その中でも、この絵巻物が人を発狂させる程の魔力を持っていることを看破するような頭を持った人間だけが、そこまで気を廻して開いて見ているとしたら、どんなものであろう……もしそんな事が在り得るとしたら、そこに何かしら落ち込んでいないとはドウして云えよう。……しかもその落ち込でいる何かしら[#「何かしら」に傍点]は、たといそれがドンナに微細なものであろうとも、スバラシク重大な意味をあらわす事になるではないか。この絵巻物を使って、この事件を捲き起した犯人の正体をズバリと指す事になるかも知れないではないか。否。もしかするとこの絵巻物の神秘力を一挙に打ち破って、一切の迷いを真実に還《かえ》す程の力を持った者であるかも知れない。……少く共そこまで調べて見た上でなければ、この絵巻物の中から何も発見出来なかったとはどうして云えよう。
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……呉一郎は姪の浜の石切場でこの絵巻物の白い処を一心に凝視していたという。しかもその時は既に半分呉青秀、半分は呉一郎の気持ちでいたものと推定されているから果して、どちらの気持ちでそうしていたものか判然しないのであるが、しかしいずれにしても、この絵巻物の白い処をズットおしまいの処まで見て行った……そうしてそこに落ち込んでいる何ものかを発見したに違いない事は容易に推定出来ると思う。
……その証拠に呉一郎は「この絵巻物の預り主の正体を知っている[#「この絵巻物の預り主の正体を知っている」に傍点]」と仙五郎爺さんに話しているではないか……。
……どうして……どうして私は今の今までこの事実に気付かなかったのだろう……。
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 こうした考《かんがえ》を一瞬間のうちに頭に閃《ひら》めかした私は、又も、何者かに追駈《お
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