果から見た、仏教の因果応報論』もしくは『印度《インド》、及《および》、埃及《エジプト》の各宗教に含まれたる輪廻転生《りんねてんしょう》説の科学的研究』といったような途方もない派手な題目で……いずれにしても相関聯した裏と表の二方面から狙いを付けて、どこまでも突貫して見ようという事になった……が……何しろまだその伝説の正体も突止めない中《うち》から、こんな恐ろしい研究主題《テーマ》を決めて掛った位だから、その当時の二人の意気組みが、如何に素晴らしいものであったかが想像出来るであろう。事実二人とも、この研究を完成するためには、あらゆる人情も良心も、神も仏も踏み潰し蹴散《けち》らして行く決心であった。毛唐人の中でも科学の新境地を開拓した連中の中には、随分思い切った研究手段を執《と》った者がある。特に医学方面の大家の中には学術のために良心を殺して極度に残忍な犠牲を取った例が無数に在って、社会の非難を受けた連中も相当あるが皆、学術のためとか人類文化のためとかいう名の下に敢然として非人道的な研究を断行して来たものらしい。その通りにWもMも、あらゆる犠牲を顧《かえりみ》ずに、この実験を徹底して行こうではないか……と固く約束した事であった。
 ……二人はコンナ訳で、互いに首席を争う以上の熱度を上げて、協力一致、この伝説の調査を開始したものであったが、ちょうど都合のいい事に、呉家の長女でY子というのが最早《もう》、妙齢になっていて、婿を探しているところであったけれども、田舎の癖として呉家の精神病系統《きちがいすじ》の噂がどこまでも附き纏って行くので、婿に来てくれる者がない。そこで色々と手を尽して探しているうちにヤットの事で、当時、福岡の簀子町《すのこまち》という処に京染悉皆屋《きょうぞめしっかいや》の小店を開いていた渡り者のGという三十男を引っ張って来て間に合わせる事になったが、そんな経緯《いきさつ》のために、一時絶えかけていた呉家の血統《ちすじ》に絡まる伝説が、八釜《やかま》しく復活していたところだったので研究上、非常に便宜であった。
 ……WとMは、そこでそのような噂や伝説をグングンと突込んで行った。古蹟調査に名を藉《か》りたWが如月寺《にょげつじ》の和尚に取り入って縁起文を盗み写している間に、同じようにして和尚の信用を得たMは、問題の御本尊の弥勒《みろく》様の首を引抜いて見るといった調子で、グングンと求心的に肉迫して行くと実に意外千万な事実を発見した。すなわち如月寺の縁起文の中では、呉虹汀《くれこうてい》の手で焼棄てられた事になっている絵巻物が、実は焼棄てられていなかった……ツイこの間まで御本尊の胴体の中に厳存していたのみならず、それを最近になって何者かが発見して、どこかへスッパ抜きに持って行ってしまっているに相違ない事実が発見されたのだ。
 ……これは呉家の系図と、これに絡まる伝説の史実的調査だけで満足するつもりであった二人にとって実に思い設けぬ発見であると同時に、非常な失望を齎《もたら》したものであった。けれども、その失望は一時の事であった。若い二人は間もなく前に倍した勇気を盛り返しつつ、今までよりも一層、申合わせを厳重にして、あらゆる方面から手を廻して絵巻物の行衛《ゆくえ》を探索した。そうしてその結果を綜合してみると、その泥亀《すっぽん》抜きの犯人というのは又、意外千万にもY子の妹のT子という美しい女学生に違いないという目星が付いたので、サア事がややこしくなった。少々|中《あ》てられるかも知れないが、裁判長だから仕方があるまい……ハハハ……」
「……………」

「……ところでWとMの二人の提携はここまで来ると又、キレイに断絶する事になった。……アノT子に絵巻物を握られていては事が面倒だ。お寺の御本尊の中に在るのと違って、生きた人間が保管しているのだから盗み出すにしても容易な事ではない。ここいらでこの研究は一時中止しようじゃないか。ウン。そうしよう。いずれ又……とか何とかいうので最初の意気組にも似合わない、恐ろしくアッサリとした別れ方であったが……しかし内実は決してアッサリでない事を、お互いにチャンと見透《みす》かし合っていた。アッサリどころか、前に何層倍した熱烈な決心をもってこの実験を突き貫《ぬ》いてくれよう、どうするか見ろ……と思っている事を、互いに感付き過ぎる程、感付いていた。もっとも二人のそうした決心にはT子の美貌が反映していた事を否定出来ない。……が併しながら呉青秀の忠志と違ってこの実験に対するWとMの誠意ばかりは、今日までも断々乎《だんだんこ》として一貫している筈だ。むろん二人ともだよ。いいかい……」
「……………」
「……ところでその頃の福岡附近は所謂《いわゆる》、角帽の草分け時代で『末は博士か院長さんか』と芸者連が唄うく
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