この脳髄のトリックの真相を……悪魔以上の悪魔の横道《おうどう》ぶりを……。
吾々人類は、脳髄を発見した最初の科学者ヘポメニアス以来、この『物を考える脳髄』のために飜弄され続けて来たのだ。明けても暮れてもこの脳髄の前に、自分のアタマを拝脆《はいき》させられるべく……自分の肉体と、精神の全部を挙げて奉仕させられるべく、錯覚させられ続けて来たのだ。そうして斯《か》く云うアンポンタン・ポカン自身の頭も、そうした頭の中の一個であったのだ。
……しかし……今やその錯覚は打ち破られなければならぬ時が来たのだ。脳髄を発見した最初の科学者ヘポメニアス氏の錯覚が清算されねばならぬ機会が来たのだ。ポカンの足下に横たわるポカンの脳髄と同様に、泥塗《どろま》みれになって終《しま》わねばならぬ時機が来たのだ。
……ポカンはこの十字街頭に於て、地上最初の宣言を高唱する。すなわち最尖端の学術……最末期の科学的宗教……アンポンタン・ポカン式『脳髄論』を公表する光栄を有するのだ。
吾輩ポカンは断言する。『物を考える脳髄が、物を考える脳髄の事を考え得ない』という事は『二つの物体が、同時に、同所に存在し得ない』という物理学上の原則と同様に、万古不易の公理でなければならぬ。だから『物を考える脳髄』の事を考える『物を考える脳髄』は、一番最初に脳髄を発見した科学者ヘポメニアスが、自分の脳髄の作用を錯覚した『脳髄の幽霊』に悩まされ続けて来たのである。そうして今や将《まさ》に、自分の脳髄の幽霊に取り殺されようとしている現状である。
だから吾輩……アンポンタン・ポカンはこれに対して堂々と挑戦したのである。
……物を考える処は脳髄ではない……。
……物を感ずる処も脳髄ではない……。
……脳髄は無神経、無感覚の蛋白質の固形体《かたまり》に過ぎない……。
……と……。
……これあ怪《け》しからん。諸君は何が可笑《おか》しくて、そんなに笑い転げるのだ。
……何でソンナに往来を転がりまわるのだ。
何だって交番に這い込むのだ。……電柱に抱き付くのだ。……赤いポストに接吻するのだ。……諸君は精神に異状を来《きた》したのではないか。
……ナニナニ……?????……。
……『脳髄で考えなくてドコで考える』と云うのか……。
……『脳髄で感じなくてどこで感ずるのだ』と云うのか……。
……『吾々の精神意識はどこに在る』……『吾々はドウして生きている』というのか……。
……ナアンダ……。
チットモ可笑しい問題ではないではないか。不思議でもなければ奇抜でもない。極めて平々凡々の問題ではないか。
……パンツの泥を払え。
……シャッポを冠り直せ。
……クラバアツを正して聞け……。
吾々の精神……もしくは生命意識はドコにも無い。吾々の全身の到る処に満ち満ちているのだ。脳髄を持たない下等動物とオンナジ事なんだ。
お尻を抓《つ》ねればお尻が痛いのだ。お腹が空《す》くとお腹が空くのだ。
頗《すこぶ》る簡単明瞭なんだ。
しかしこれだけでは、あんまり簡単明瞭過ぎて、わかり難《にく》いかも知れないから、今すこし砕いて説明すると、吾々が常住不断に意識しているところのアラユル慾望、感情、意志、記憶、判断、信念なぞいうものの一切合財は、吾々の全身三十兆の細胞の一粒一粒|毎《ごと》に、絶対の平等さで、おんなじように籠《こ》もっているのだ。そうして脳髄は、その全身の細胞の一粒一粒の意識の内容を、全身の細胞の一粒一粒|毎《ごと》に洩れなく反射交感する仲介の機能だけを受持っている細胞の一団に過ぎないのだ。
赤い主義者は、その党員の一人一人を細胞と呼んでいる。それと同様に細胞の一粒一粒を人間の一人一人と見て、人間の全身を一つの大都会になぞらえると、脳髄はその中心に在る電話交換局に相当する事になる。そうしてソレ以外の何物でもあり得ない事がわかるのだ。
……それでもまだ合点《がてん》が行かなければ吾輩、ポカンと一緒にこっちへ来るがいい。時間と空間のあらん限りを馳けめぐって、脳髄の正体を突止めて行ったポカンの苦心惨憺の蹤跡《あと》をモウ一度くり返して辿《たど》ってみるがいい。
まず第一に脳髄が如何なる処から、如何なる理由の下に、如何にして生まれて来たかを探るべく、アタマ航空会社専用の超スピード機『推理号』の銀翼の間に、吾輩アンポンタン・ポカンと相並んで同乗するのだ。そうして爆音勇ましくアタマ飛行場を離陸すると、無限の時空を一気に翔破《しょうは》しつつ、諸君の眼下に横たわる雄大、荘厳を極めた万有進化の大長流を六億年ほど逆航するのだ。
見たまえ。……現在の人類全盛の世界は一瞬間に未来の夢となって、マンモス、エレファス、ステゴドンなぞいう巨獣が、時《とき》を得顔《えがお》にノサバリ
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