うどこの節お上《かみ》でなさる。狂犬退治とおんなじ仕置《しお》きじゃ。これが精神病者に対する。最初の診察最初の治療じゃ。キチガイ地獄のイロハのイの字じゃ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。これがキチガイ地獄のはじまり。そこで斯様《かよう》に精神病の。原因《もと》が何やら解からぬとこから。出来た迷信邪法を使って。悪い事する奴等が出て来た。しかも余っぽど怜悧《りこう》な奴等じゃ。物の怨《うら》みや嫉妬や毛嫌い。又は政敵、商売|讐仇《がたき》と。道理|外《はず》れた憎しみ猜《そね》みで。彼奴《きゃつ》が邪魔じゃと思うた揚句が。何のおぼえもない人間をば。巫女や坊主や役人|輩《ばら》に。賄賂《わいろ》使うて引っ括《くく》らせます。有無《うむ》を言わさずキチガイ扱い。国の掟《おきて》の死刑にさせます。軽いところで牢屋の住居《すまい》じゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。軽いところで牢屋の住居じゃ。世界の歴史を調べてみますと。高い身分や爵位や名誉や。又は財産、領地の引継ぎ。女出入りや跡取り世取りの。お家騒動、内輪《うちわ》の揉《も》めから。邪魔な相手を片付けたさに。こうした手段を使った実例《ためし》が。チラリチラリと残っております。ならば今では、どうかと見ますと。おなじ事じゃと云いたいなれども。言えぬどころか、今少《もちっ》と非道《ひど》いよ……スカラカ、チャカポコ。スチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコ……

       三

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……スカラカ、チャカポコ。チャチャラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
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 ▼あアア――ああ……アアア。今は文明開化の御代《みよ》だよ。科学知識の万能時代じゃ。そうしたサナカに精神病だけ。昔のまんまの暗黒時代で。診察治療が出来ないなんぞと。ウッカリ云うたら言い出し屁《へ》コキじゃ。そういう奴こそキチガイだろうと。仰言《おっしゃ》るお方が在るかも知れぬが。そういうお方が私は好きだよ。理智と常識、科学の知識を。いつも忘れぬ立派なお方じゃ。そんなお方にお頼みしまする。物は試しじゃお閑暇《ひま》の時分に。ちょっとそこらの精神病院。又は学校、図書館あたりで。世界各地の博士や学士が。寄ってたかって研究し出した。キチガイ病気の書物を拡げて。ザット中味を調べて御覧よ。サテモ並んだ病気の名前じゃ。丸い洋文字、四角い漢字と。押し合いヘシ合い何百何千。指を折るさえ難儀な位じゃ。さては今では精神病者も。外科や内科の患者と同様。科学知識の光りに照され。底を見透す診察治療や。道理つくした介抱手当ての。数をつくしてもらっているかと。有難がるのは素人ばかりじゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。有難がるのは素人ばっかり。憎まれ口をばたたくじゃないが。お魂消《たまげ》なさるな西洋日本で。天の際涯《はて》から地のドン底まで。調べ抜いたる科学者連中が。寄ってたかって研究しても。カンジンカナメの一番|大切《だいじ》な。オノレが頭蓋《あたま》の空洞《うつろ》の中に。トグロ巻いてる脳味噌ばかりは。ドンナ作用しているものやら。真実《ほんと》のところが全くわからぬ。それを嘘言《うそ》じゃと思うたお方は。古今東西あらゆる学者が。人の脳髄調べた書物を。読んで御覧になったらわかるよ。これは物事聞いたり見たり。判断して行くところで御座るの。知識、経験、昔の記憶を。保存しておく倉庫で御座るの。何が何して何じゃら彼《か》じゃら。浪花節《なにわぶし》なら前置きばっかり。エライ議論が出ておりますけれど。確かな事実は一つもわからん……チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。確かな事実は一つもわからぬ。わからぬ筈だよ不思議は御座らぬ。凡《およ》そ天下が広いというても。人の脳髄ホントに調べて。腹の立つほど簡単明瞭。奇妙キテレツ珍妙無類な。脳の作用を見貫《みぬ》いた者なら。問わず語りで烏滸《おこ》がましいが。ここに居ります私《わたくし》ばっかり。……なぞと云うたら皆さん方は。そういうお前の脳味噌だけが。毎日|天日《てんぴ》に焼かれたお蔭で。性《しょう》が変って来《きた》ものダンベイ。なぞとお笑いなさるか知らぬが。真実《ほんと》にそうダンベイかも知れぬが。そこが私の道楽仕事じゃ。世界各地の博士や学者を。アッといわせる研究|仕遂《しと》げて。二十億万人類社会の。アタマの入れ換えするのが楽しみ。いずれそのうちその論文なら。或る大学から発表されます。それを御覧になったらわかるよ。ほかのあらゆる世界の学者は。脳の研究しかたを知らない。見当違いの思惑ずくめで。多分だろうと思った位の。真実《まこと》めかした当筒砲《あてずっぽう》だよ。一つの道理は説明出来ても。ほかの事
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