事じゃ。人の病気を治癒《なお》すが役目じゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。人の病気を治癒《なお》すが役目じゃ。そこでお医者の仕事の中でも。人の身体《からだ》の狂いをなおす。外科や内科の治療の仕方と。人の心の狂いをなおす。精神病院の手当ての仕方と。違うところを比べてみます。アッとビックリ、シャクリが止まるよ。トテも驚く進歩の違いじゃ……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。トテモ驚く進歩の違いじゃ。違う筈だよ相手が違う。人の身体《からだ》は形が見えます。手足胴体触ればわかるよ。五臓六腑も解剖《ひら》けば見えます。打診、聴診、X《エッキス》光線。ピルケ反応、血液検査と。数をつくした診察道具じゃ。たとい何やら解らぬ病気や。薬ちがいや診察ちがいや。又は手当ての違いで死んでも。あとで屍体《したい》を解剖したなら。どこが悪いと、すぐ様《さま》わかるよ。そこで診察治療の仕方が。日進月歩で開けて行きます。これに引き換え神様とても。人の心は診察出来ない……チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。人の心は診察出来ない。たとい如何なる名医じゃとても。人の精神、心の狂いの。どこの脈見て、どの舌出させて。どこの苦労に注射をするやら。どこの心配|切解《せっかい》するやら。癇《かん》の虫見る眼鏡も無ければ。あなた恋しで上った熱度が。寒暖計にも上った事かや。贋《にせ》のキチガイ真実《ほんと》のキチガイ。レントゲンでも透かして見えない。声も聞えず姿も見えない。屁《へ》より不思議な心の正体。これがどうして診察されよか。馬鹿に附けよう薬は無いと。昔の譬《たと》えは今でも真実《ほんま》じゃ。つまるところが精神病は。診察治療が絶対不可能。科学知識で研究出来ない。わけのわからぬ物じゃとわかる……スカラカ、チャカポコ。チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。わけのわからぬ物じゃと解かると。ここでも一つ理屈のわからぬ。奇妙不思議な事実に気が付く。そもやソモソモ一体全体。人の精神、心の狂いは。診察、治療が出来ぬとなったら。現在世界のどこでもここでも。精神病院、神経治療じゃ。又は瘋癲《ふうてん》、脳病院じゃと。四角四面の看板ひろげて。意匠|凝《こ》らした玄関構えじゃ。高価《たか》い診察、治療の代《しろ》だよ。入院、看護の料金取り立て。肩で風切る精神病医は。どんな仕事をしているものかや。あれは詐欺師《やまし》か掴ませものかと。どなたも御不審なさるであろうが。チョット待ったり話は順序じゃ。世にも馬鹿げた内幕話じゃ。診察治療が出来ないお蔭で。お医者がステキに儲《もう》かる話じゃ。これがホンマの阿呆陀羅経《あほだらきょう》だよ……スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……

       二

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スカラカ、チャカポコチャカポコチャカポコチャカポコ……
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 ▼あ――ア――ああア。扨《さて》も昔のその又昔。むかし昔のその大昔。科学知識の進まぬ頃では。人の身体《からだ》の病気というても。人の心の病気と同様。何が何やら解らぬために。診察治療が当てズッポーだよ。家相、方角、星占いだよ。何《な》んぞ彼《か》んぞの障《さわ》りというては。祈祷、禁厭《まじない》、御神水《おみず》じゃ、お守札《ふだ》じゃ。御符《ごふう》なんぞを頂戴させて。どうぞ、こうぞで済まして来たが。それじゃ治療《なお》らぬ病気の数々。そこで薬が発見されます。服《の》めば病気がケロリとよくなる。それをたよりに調べた揚句《あげく》が。人の病気は身体の中の。ここが斯様《かよう》に狂うが原因《もと》じゃと。わかった理屈が医学のはじまり。今では解剖、生理に病理。医化学、細菌、薬物そのほか。外科じゃ内科じゃ、皮膚科じゃ、耳鼻科じゃ。眼科、整形、婦人や小児と。隅から隅まで手に品かえて。水も洩らさぬ器械やお薬。人の身体の狂いを治療《なお》す。科学知識の大光明が。日々に明るく輝やき渡るよ……スカラカ、チャカポコチャカポコ……
 ▼あ――ア。日々に明るく輝やき渡るが。これに引き換え精神病だよ。人の心の狂いを治癒《なお》す。医者の診察、手当ての仕方は。ドンナ進歩をしたかと見ますと。ズント昔は精神病者を。神の心が移ったものと。畏《おそ》れ敬い礼拝したり。又は生き霊、死霊の所業《しわざ》と。物を供えて大切《だいじ》にかけたが。それはまだしも処によっては。こいつに悪魔が憑《つ》いたというので。その頃お医者と裁判官の。役目をしていた僧侶《ぼうず》や巫女《みこ》が。見付け次第の指さし次第に。槍《やり》や刀剣《かたな》や、投げ縄、弓矢。棍棒《こんぼう》担《かつ》いだ役人共が。片《かた》っ端《ぱし》から頭を砕いて。手足胴体チリチリバラバラ。焼いて棄てたり樹の根に埋めたり。ちょ
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