いか》けられているような予感がして、チョット腕時計と電気時計を見較べた。どちらも十二時に四分前である。
 私の手は再び反射的に絵巻物を持ち直して白い処を捲き拡げ始めた。そうして最初の一分間かそこらは、できるだけ冷静に調べて行くつもりであったが、どこまで行っても唯真白いばかりの唐紙の上を一心に見つめて行かなければならぬ事が、判り切っているように思えるので、私は間もなく、涯《はて》しもない白い砂漠を、当《あて》もないのにタッタ一人で旅行させられているような苛立たしさと、馬鹿らしさを感じ初めた。自分一人で名探偵を気取っているような自分の心が見え透いて、何だか急に気がさして来た。やっとの思いで三尺ばかり行くともうウンザリしてしまった。
 それにつれて……かどうか知らないが、呉青秀が一番おしまいに白骨の絵を書いているかも知れない……という推量も怪しくなって来た。
 呉青秀が痴呆状態に陥ったものとすれば、自分が古今無類の馬鹿者であった、当もない忠義立てのために最愛の妻を犬死にさせた……という事を、義妹の芬女の説明でハッキリ思い当った刹那《せつな》に、茫然自失してからの事であろう。そうすればその数分間前、もしくはその数秒前までは正気でいた筈だから、もし云い忘れたのでなければ、一番おしまいに白骨の絵を描いたか如何《どう》かを説明していない筈はない。又、芬女にしてからが同じ事で、自分の恋い慕っている男が、大事な大事な姉を犠牲にして企てた事業の成績品を披《ひら》いて見ながら、千年も経った今日になって赤の他人の私が思い付く位の事を気付かずにいるような事は万に一つもありそうにない……こう思うと私は一遍に気が抜けてゲンナリとしてしまった。
 ……しかし……それでも私は、つまらない一種の惰力みたような、気の抜けた義務心に義務附けられたような気持と、今までの気疲れが一時に出初めてウトウト睡くなって行くような気持とを一緒に感じながら、あと一丈|許《ばか》りもあろうかと思われる白い処を両手で一気に繰り拡げながら、ほんの申訳《もうしわけ》同様に追いかけ追いかけ見て行った。そうしてやっと二丈か三丈位ありそうに思われる長い巻物の白いところを、最終の処まで追い詰めて来ると意外にも、黒い汚染《しみ》のようなものがチラリと見えたので、思わずドキンとして眼を瞠《みは》った。
 よく見ると、それは一番お終《しま》い
前へ 次へ
全470ページ中447ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング