の紺色の紙に、金絵具で波紋を描いたところから一寸《ちょっと》ばかり離れた個所に、五行に書かれた肉細い、品のいい女文字であった。これが小野鵞堂流《おのがどうりゅう》というのであろうか……
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子を思ふ心の暗《やみ》も照しませ
ひらけ行く世の智慧のみ光り
[#ここで字下げ終わり]
明治四十年十一月二十六日
[#地から2字上げ]福岡にて 正木一郎母 千世子
正木敬之様 みもとに
……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………私の頭髪は皆、逆立《さかだ》った……。
……慌てて絵巻物を捲き返そうとしたが……手がふるえて取り落した……。
……と、その絵巻物がさながら生きているもののように、ひとりでに捲き拡がって、大|卓子《テーブル》の上から床の上に這い落ちて、リノリウムの上をクルクルクルと伸びて行くのを見ているうちに、ゾーッとして来て夢中になった私は、どうして扉《ドア》を開いたか、いつ廊下を走ったか判らぬまま階段を一散に駆け降りて、玄関から外へ飛び出した。
トタンに非常な大音響が、私を追い散らすかのように、九大構内の松原に轟き渡った。
それは午砲《ドン》であった。
それは一つの奇蹟であったとしか思えない……或る目に見えぬ偉大な力が、空中から手を差し伸ばして、私を自由自在に引きずり廻していたとしか思えない。それほどに、不思議な出来事であった。
私は九大医学部の正門を飛び出して後《のち》、どこをどう歩き廻ったかまるっきり記憶しない。そうして何を目標にして、又もとの九大精神病科の教授室に帰って来たものか全くわからない。
……背後から絶叫して来る自動車の警笛を聞いた。眼の前に急停車する電車の唸りに脅かされた。自転車のベルに追い散らされた。叱咤《しった》する人の声や吠えつく犬の声をきいた。グルグル廻る太陽と、前後左右に吹きめぐる風と、戦争のように追いつ追われつする砂ほこりを見た。雲の中からブラ下っている電柱を見た。軒の下まで鮮血を滴《したた》らしている絵看板を見た。地平線の向うが透明な山に続く広い広い平野を眺めた。何千、何万、何億あるか判らぬ夥《おびただ》しい赤煉瓦の堆積の中へ迷い込んだ。その紫色の陰影
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