「……ソ……ソ……そんな訳じゃない……実はお前は……君は呉一郎の……呉一郎が……」
 こう云ううちに正木博士の態度が、シドロモドロに崩れて来た。天地が引っくり返っても平気の平左《へいざ》と思われたその大胆不敵な、浅黒い顔色が、みるみる真赤になり、又たちまち真青に変化した。中腰になって両手を伸ばしつつ、私の言葉を遮《さえざ》り止めようとして狼狽《ろうばい》している態度が、新しく新しく湧き出る私の涙越《なみだごし》にユラユラと揺らめき泳いだ。しかし私は皆まで聞かなかった。
「嫌です嫌です。僕が呉一郎の何に当ろうが……どんな身の上だろうが同じ事です。誰が聞いたって罪悪は罪悪です」
「……………」
「先生方は、そんな学術研究でも何でも好き勝手な真似をして、御随意に死んだり生きたりなすったらいいでしょう……しかし先生方が、その学術研究のオモチャにしておしまいになった呉家の人達はドウなるのですか……呉家の人達は先生方に対して何一つわるい事をしなかったじゃありませんか。そればかりじゃありません。先生方を信じて、尊敬して、慕ったり、便《たよ》り縋《すが》ったりしているうちに、その先生方に欺瞞《だま》されたり、キチガイにされたりしているじゃないですか。この世に又とないくらい恐ろしい学術実験用の子供を生まされたりしているじゃないですか。そんな人々の数えても数え切れない怨みの数々を、先生方は一体どうして下さるのですか。……死ぬ程、愛し合っている親子同志や恋人同志が、先生方の手で無理やりに引離されて、地獄よりも、非道《ひど》い責苦を見せられているのを、先生方はどうして旧態《もと》に返して下さるのです。唯、学術の研究さえ出来れば、ほかの事はドウなっても構わないと仰言《おっしゃ》るのですか」
「……………」
「御自分で手を下しておいでにならなくとも、おんなじ事ですよ。その罪の告白を、他人に発表させておけば、それで何もかも帳消しになると思っておいでになるのですか……良心に責められているだけで、罪は浄《きよ》められると思っておいでになるのですか」
「……………」
「……あんまり……あんまり……非道《ひど》いじゃありませんか」
「……………」
「……セ……先生ッ……」
 と叫ぶと眼が眩《くら》みそうになった私は、思わず大|卓子《テーブル》の上に両手を支えた。新しく湧き出す熱い涙で何もかも見えなくなっ
前へ 次へ
全470ページ中433ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夢野 久作 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング